音楽業界で活躍する人々のレコードの楽しみ方や、そのこだわりに迫るインタビュー企画。第一回目のゲストは、JazztronikやMusilogueとしての活動で知られる、DJ/作曲家の野崎良太さんです。
Jazzを軸に、新旧幅広いジャンルを取り入れた音楽を生み出す野崎さんに、レコードにはまった経緯やその魅力、CUT&RECのダブプレートのクオリティなどについて聞いてみました。
野崎良太のレコードライフ
ーー最近レコードを聴いていますか?
レコードは、日常的に聴いています。
ーーどんな時にレコードを聴きますか?
音楽の仕事をしていることもあって、いつでも聴きますね。部屋を片付ける時なんかも、レコードをかけたりします。
ーーでは今でもレコードを買うんですね。
昔よりは減りましたけど、今でも買っています。すでにいろんなレコードを持っているので、さすがに購入する数は減りましたけど、年中探していて、気になるレコードは海外からも買ったりしています。
ーー最近はどんなレコードを買いましたか?
僕が大好きな作曲家で、アレンジャーとしても有名なクラウス・オガーマンっていう人がいるんですけど、そのクラウス・オガーマンがアレンジとプロデュースで参加したConnie Francisのアルバム”Sings Bacharach And David”ですね。クラウス・オガーマンが関係した作品はほとんど聴いたと思っていたんですが、そのアルバムは聴いたことがなくて。ストリーミングやCDを探してもみつからなかったので。
出典:Amazon
ーー自宅では、どのようなオーディオシステムで、レコードを聴いているのですか?
ターンテーブルはTechnicsの”SL-1200 MK3D”で、DJミキサーはALLEN & HEATHの”XONE:92”を使っています。レコード針はNAGAOKAの”DJ-03D”を使っていますね。
DJミキサーからDENONのアンプ”PMA2000”に送って、TANNOYのスピーカー”IMPULSE-15”でリスニングしています。
ーー現在お持ちのレコードは、何枚くらいですか?
後輩のDJに、結構な枚数のレコードをあげたので、ものすごい減ったんですけど、それでもまだ、 たくさんありますね。何枚くらいだろう…正確な枚数は把握していないですけど、1万枚以上はありますね。
部屋の天井までの高さのレコード棚があって。その棚いっぱいにレコードが収まっているんですけど、それでも足りていないですからね(笑)。
ーーそれだと、図書館みたいにハシゴを使って、レコードを探したりしている感じですか?
そうですね。だから一生かかっても、全部のレコードは聴けないと思います(笑)。
ーーいつからレコードを聴き始めたのですか?
レコードを買って聴くようになったのは、二十歳くらいですかね。クラブミュージックのレコードを買ってました。大学生の頃は、何を買って良いのかわからなかったので、より専門的なレコードを扱うManhattan RecordやCISCOよりも、WaveやHMVでレコードを買っていました。有名な曲の12インチとかです。
23歳くらいからは、Manhattan 3やCISCOにばかり、行くようになりましたね。
ーー当時は、量販店でも必ずレコードを置いてましたもんね。
主にDJ用のレコードを買ってはいたんですけど、もともとそんなに四つ打ちに興味がなかったので、あんまり踊れないビートというか、そんなトラックを好んで買っていました。その頃ちょうど、フューチャージャズという言葉が出始めてきて、そういう感じの踊るために作ったわけじゃないようなトラックも多かったんですよね。
Jazztronikという名前が知られるようになって、DJをするハコも規模も変わってきて。お客さんを楽しませなければいけない環境になってから、徐々に四つ打ちの要素も取り入れていった感じです。
Masters at Workだけは、大好きでしたけどね。
ーークラブミュージックからレコードにはまっていったんですね。
それと当時は、レコードでの再発がほとんどだったので、おのずとレコードを買うしかないというのもありましたよね。
レコード特有の音像の面白さ
ーー野崎さんは自身の作品で、これまでに何枚のレコードをリリースされているのですか?
国内外のリミックスやコンピなど、自分が携わった作品を合わせると多分60枚くらいですかね。僕が20代の頃って、レコードを作れた時代でしたし、最初のレーベルがFlower Recordsだったのありますね。どちらかといえば、レコードを出しましょうというレーベルだったので。
出典:Jazztronik ウェブサイト
ーー作品をレコードにする意味は、どこにあると思いますか?
レコードってできあがりが想像つかないんですよね。CDだと、再現性を想定しながら曲を作って、実際にできあがりを聴いてみると、”まぁ、こうだよね”っていう感覚はあるんですけど。
ミックス、マスタリングをして完成したレコードを実際に聴いてみると、音像がレコードの音像になっていて、これがねぇ、とっても面白いんですよ。
ーーそれは良い方にということですか?
良い方に行く時もあるし、カッティングが下手な工場に頼むと、えらいものにしてくれたな、みたいなこともありますよね(笑)。
あとはやっぱり、自分の曲に針を置いて聴くという、動作自体が独特ですよね。作った音楽がそういう物体に変わるのが、とっても面白いですね。音楽って触ることもできないし、味もないし、聴覚に訴えかけるしかないんですけど、それを手でコントロールしてる感がすごく面白いんですよ。
あとは単純になんでレコードって音が鳴るんだろうって。”溝を針が通ることで、、、” みたいなことは分かるんですけど、なんでその溝でバスドラムやピアノの音が再現されるのか、不思議ですよね。それがある意味、魅力的で、面白い部分でもありますよね。
カッティングする人によって音って変わるじゃないですか。それってとっても不思議なことですし、重要なことですよね。
ーーレコードがフィジカル・メディアだからこそですね。
だから僕はECMのレコードは、ドイツ盤しか買わないんです。
出典:ECM Records
ーーやはりプレス工場で音は変わりますか?
なんかドイツ盤の方が、音が綺麗なんですよね。気のせいかもしれないですけど、アメリカ盤の方が派手に聴こえてしまうんです。
ーー今でも、そのようなこだわりをお持ちなんですか?
レコードを買う時は、プレス工場を調べています。以前に、メキシコでプレスされたEarthのシングルを買ったことがあるんですが、”こんな曲がEarthにあったっけ?”みたいなレコードもありましたからね(笑)。ピンクでペラッペラの、なんかのおまけみたいなレコードでした(笑)。
ーーレコードとオーディオファイルの違いについて、どう思われますか?
聴こえ方は、全然違いますよね。レコードには独特の空気感があって、あの感じはオーディオファイルやCDでは、どうやっても出せないですよね。
僕はその空気感が欲しくて、音楽を作ったりもするんですけど、作ってる段階ではその空気感は出せないんです。アナログならではの、あの独特なステレオ感は、レコードを再生させた時にしか得られないんですよね。
レコードで、どんな音像になるのかなっていうのが、毎回すごく楽しみですね。だからといって、レコードの音像をシュミレーションして作っちゃうと、レコード自体の仕上りがおかしくなっちゃうんですよ。
ーーそれはスタジオにカッティングマシンがないと、わからないことですね(笑)。自分も、ある程度できあがりを想定しながら、EQなどのエフェクターを調整しますが、実際にカッティングしたレコードを聴いてみて、想定と違うことも結構ありますからね。
デジタルの方がクリアな音で、例えばクラシックなんかはとても綺麗に再生されます。音の忠実な再現性では、ハイレゾなどのデジタルには敵いませんが、レコードはそれとはまた別の良さがあるんですよね。だからこそ、今でもレコードの愛好家がたくさんいるんだと思います。
レコードのファイル化にもこだわり
ーー今でもDJでレコードを使っていますか?
最近は、レコードから取り込んで作成したオーディオファイルをSerato DJにインポートして、DJしています。毎週のようにリリースされる音源の音圧が大きいので、レコードとうまく馴染まないんですよね。なので、レコードを32bit/96kHzのオーディオファイルとして取り込んじゃうんです。
レコードを音楽ソフトに取り込んで、32ビットの再生機器がないので、24bit/96kHzのフォーマットに落として、自分でマスタリングして音圧を上げるんです。そうするとオーディオファイルでリリースされている音源と戦える音圧になるので、空いた時間を利用して、レコードをPCに取り込む作業をやっています。
ーーずっとそのスタイルなんですか?
ひと手間あってすごく面倒なんですけど、最近はずっとそうですね。最新のレコードでも、やっぱりオーディオファイルの音圧には勝てないので。全部レコードでDJするなら、必要ないですけど、最近はオーディオファイルでしかリリースされていない曲もありますからね。
ーーオーディオファイルで売られているのに、どうしてレコードを買うのですか?
レコードの音色と質感がとても好きなので。それと、僕みたいにある程度コレクションが溜まってくると、コレクター魂が出てきちゃうんですよね。
あとはやっぱり、なんとなくレコードで持っていたいという漠然とした思いがあって。この感覚を、うまく説明できないんですけど、単純にレコードで持っておきたいという感じですね。
ーーそこがコレクター魂の根源なのかもしれませんね。
単純に大きさなのかな?レコードだと、なんかこう、物を持ってる感っていうのがあるんですよね。ジャケットデザインもすごく良い作品もありますからね。
ーーDJにおけるレコードの価値って、どのへんにあると思いますか?
レコードは単純に爆音で聴いた時に心地いいんですよね。オーディオファイルって、音圧が高い分、ずっと聴いていると疲れちゃうじゃないですか。
冗談抜きで、お客さんがクラブに長居しなくなったのって、オーディオファイルが主流になったことも関係あるんじゃないかなと思っています。爆音でオーディオファイルを聴き続けることで、肉体的な支障が出るんじゃないかなと。疲れちゃったり、酔いが変に回っちゃったり。
アナログに変わった時の現場のホッとした感じは、半端ないですからね(笑)。
ダブプレートの魅力
ーーMusilogueのアルバム”Brassic”のダブプレートを切らせてもらいましたが、クオリティはいかがでしたか?
たまたまなんですが、Qratesで作ったレコード”飛鶴 /Hizuru”と、フランスでディストリービューションを始めた友人が作ったMusilogueの”Elephant and a barbar / Ichiro Fujiya & Takeshi Kurihara”のレコードが、同タイミングで届いたんですよ。
それぞれを聴いてみて共通して言えるのは、どのレコードも音が綺麗なんですよね。僕が普段聴いているレコードが古いからかもしれませんが、音がツルッとしている印象です。3枚とも同じ質感なので、これが今のレコードの傾向なんだなっていうことを理解できました。
ーー音圧と音量は、市販のものと比べてどうでしたか?
3枚のレコードを比較してみて、フランスのディストリービューターが制作したレコードが一番音圧が大きかったですね。このレコードは3回やり直したと言っていました。
その次に音圧が高かったのが、CUT&RECのダブプレートですね。次にQratesで作ったレコードでしたが、これは作品自体のダイナミック・レンジが広いことも影響していると思います。音圧に関してはどれも安定しているというか、CUT&RECのダブプレートも市販のレコードと同じレベルですね。
ーーノイズが気になるとかそういうのもなかったですか?
全くなかったですよ。市販のレコードと比べても、クオリティ的に劣るということはないですね。
ーージャケットのクオリティはどうですか?
こんなに、しっかりできあがってくるなんて思っていなかったので、びっくりしました。あとは、マットな質感のジャケットも作れると良いですね。
ーーダブプレートの魅力って、どんなところだと思いますか?
CUT&RECのダブプレートは、ダブプレートというレベルじゃないじゃないですか(笑)。そんなクオリティで自分の音楽をレコードにできるのは、僕みたいに音楽をやっている人間にとって、すごく楽しいことですね。
これまでは、自分の音楽を気軽にレコードにするのって、不可能に近かったと思うんですよ。一番できないようなことが、身近になるわけですからね。20年間アーティストとして活動していますが、それだけはなかなか難しいことでしたから。
単に鑑賞用だけじゃなくて、制作とかパフォーマンスにも使えるようになるんで、すごく良いなと思います。
ーー今後レコードって、どんな存在になっていくと思いますか?
残念ながら今は、音楽をフィジカルなメディアで聴くこと自体がだいぶ少なくなっていると思うんです。Spotifyなどの便利な定額制音楽ストリーミングサービスなどがあるわけで、今後もっと少なくなってしまうと思います。
でも、今後ストリーミングで音楽を聴く人が増えることで、逆にレコードで音楽を聴くということに興味を持つ人たちも、増えるんじゃないかなと思うんですよ。
CDならストリーミングに変わっても関係ないと思うんですけど、アナログって、それでは再現できない特別なものがありますからね。もちろん、昔のような盛り上がりは求められませんが、ただ以前のように大きく需要が減少することはないと思います。
コップやお皿、スプーンやお箸みたいに、人間の生活において普遍的に残って行く物ってあるじゃないですか。そういう物と同じように、レコードも普遍的に残っていくんじゃないかなっていう気がします。なんかそういう魅力を持っているアイテムですよね。デジタル処理できない魅力が。
そもそも人間自体がデジタルではないので、きっとアナログの方を好むはずなんですよね。だとするとレコードも、必然的に残っていくんじゃないかなと思います。
Jazztronikウェブサイト:http://jazztronik.com/