レコードの発明からmp3まで、音楽を聴くフォーマットは常に変化しています。そしてオーディオ・マスタリングもその流れに合わせて、変化しています。このような状況に付随して、マスタリング・エンジニアの役割も大きく進化し、テクニカル・スペシャリストから、より大きな影響力を持つ高品質なサウンドのゲートキーパーへと変貌を遂げています。
中でもベストと呼ばれるマスタリングスタジオとエンジニアは、移り変わりの激しい音楽業界において、決してトレンドに流されることなく常に確かな存在としてあり続け、オーディオの理想的な形を求めてきました。驚くべきことに、過去70年間に世界でヒットした楽曲の元を辿ると、10-15のスタジオへ行き着きます。
ここでは、世界の音楽に影響を与える13のマスタリング・スタジオを紹介します。この投稿はマスタリングのマスター達へのオマージュでもあり、世界中で愛される曲を形作ってきた、裏方で活躍する人達の紹介でもあります。
1.スターリング・サウンド(STERLING SOUND)
1960年代後半にニューヨークで設立され、Sterling Soundの音はBob DylanからBeyonceまで、幅広いアーティストに支持されてきました。Sterlingは現在そして過去において最も影響力のあるマスタリング・スタジオで、アメリカのチャートに入っている曲の30%はSterlingでマスターされたものです。
Sterling Soundのエンジニアは業界でも有名な人物ばかりで、Ted Jensen、Greg Calbi、Tom Coyne、故George Marino氏が所属していました。マスタリング界の「ロックスター」と呼ばれるBob Ludwig氏は、一時期このスタジオのプレジデントを務めていました。
マスターしたバージョンは音が良くなっていますか?それともただ音が大きくなっただけでしょうか?平均的なリスナーに、よりインパクトを与える音楽になりましたか?プロデューサー、エンジニアとアーティストがレコーディングで伝えたかったメッセージを反映していますか?
– マスタリングの技について Murat Aktar Sterling Soundプレジデント
2. ザ・エクスチェンジ(THE EXCHANGE)
設立から26年のThe Exchangeは、ロンドンの最も古いマスタリングスタジオの一つです。ここで制作された作品はとても革新的で、King TubbyからGrace Jones、はたまたBjorkやDaft Punkまで手掛けてきました。
Mike Marshや故Nilesh Patel氏などのエンジニアにより、The Exchangeはエレクトロニックやダンスミュージック界において、有名な存在となりました。今でもレコードのマスタリングに特化しており、ベストな結果を求める大手レーベルや小規模なアンダーグラウンド・レーベルに至るまで幅広く手掛けています。
3. ゲートウェイ・マスタリング(GATEWAY MASTERING)
Sterling SoundとMasterdiskの両方で副社長を務めていたBob Ludwig氏により、1992年メイン州のポートランドで設立されました。彼は自分のやりたいこと、新しい道を開くためにニューヨークのメジャーシーンから離れました。彼こそがロックンロールの音そのものであり、Gatewayは彼のレガシーを引き継ぐ存在なのです。
彼の手掛けた作品を知らない人は是非このリストをご覧ください: Led Zeppelin、Rush、Jimi Hendrix、The Police、Paul McCartney、Eric Clapton、Rolling Stones、Def Leppard、Nirvana、The Who、Bruce Springsteen、Dire Straits、Daft Punk
“多くのレコーディングが地下室やガレージで行われているため、より良いマスタリングへのニーズが高まっています。しかしマスタリングを必要としている人たちは予算が足りずに諦めてしまいます。”
-Positive Feedback #58での語録
4. アビーロードスタジオ(ABBEY ROAD STUDIO)
1931年にロンドンに創立されたAbbey Roadは、ビートルズのサウンドを生み出したことで知られ、恐らく世界で一番有名なスタジオです。観光スポットとしてだけではなく、現在もレコーディングとマスタリングのスタジオとして隆盛を極めています。
Abbey Roadは1960年代に世界を席巻し、「British Invasion」と呼ばれたイギリスのアーティストの活躍にも大きな影響を与え、Joy Division、New Order、RadioheadやWireなどがここでマスタリングを行いました。
Abbey Roadの伝説的な音に対する感性、設備やエンジニア、そして引き継がれている歴史、これら全てが尊敬される所以です。彼らはまたAbbey Road交差点のライブ映像も配信しています。
5. バーニー・グランドマン・マスタリング(BERNIE GRUNDMAN MASTERING)
バーニー・グランドマン・マスタリングは、1984年にカリフォルニア州ハリウッドに設立されました。バーニー・グランドマン・マスタリングという名前を聞いたことがないという人も多いかもしれませんが、BernieやBrian ‘Big Bass’ Gardnerがマスターした曲は聴いたことがあると思います。
Grundman氏のディスコグラフィーは驚異的で、グラミー賞にノミネートされた曲が37にも上ります。彼はデザインやスタジオのコンソールを変更するスペシャリストとして知られ、細部にこだわる音の魔術師として有名です。アーティストのJanelle Monaeも2013年のヒット曲、Q.U.E.E.Nの中でBernieについて触れています。
6. ジョージタウン・マスターズ(GEORGETOWN MASTERS)
Denny Purcell氏(1950年-2002年)によって、1985年テネシー州ナッシュビルで創立されました。近所のレコードストアに置いてあるカントリーミュージックのマスタリングはほぼ全てDennyが手掛けたといっても過言ではありません。
Georgetown Mastersこそが彼のレガシーです。現在は弟子だったAndrew Mendelson氏によって引き継がれ、Chet Atkins、Mark Knopfler、Garth Brooks、Mary Chapin Carpenter、Vince Gill、Donna Summer、Neil Youngらが顧客リストに名を連ねています。
Georgetown Mastersスタジオの壁には、伝統的なゴールドレコードではなく、ギターやアンプが飾られていました。Dennyのマスタリングに対するアプローチと同じほど、彼の人格は有名でした。この記事を書いているとWillie Nelsonの声が聴こえてくるようです。
出典:YouTube
7. マスターディスク(MASTERDISK)
ニューヨークのもう一つの有名なスタジオMasterdiskは、Mercury Recordsのプロダクション部門から派生して1973年に作られました。設立以降、幾度もオーナーが変わるなか、大ヒット曲のマスタリングも行ってきました。U2からKanye Westまで、大物と呼ばれるアーティストに長い間支持されています。
Scott Hullは10年以上も前副社長のBob Ludwigをサポートした後、現在のディレクターに就任しました。Greg CalbiやHowie WeinbergもMasterdisk出身です。
8. ダブプレイツ&マスタリング(DUBPLATES & MASTERING)
ドイツのテクノシーンで最も影響力のあるマスタリングスタジオの一つで、Moritz Von Oswald & Mark Ernestus’ Basic Channelや、世界からリスペクトを集めるレコードストアのHardwaxの根城です。
もちろん他にもエレクトロニック・ミュージックの素晴らしいマスタリングスタジオはありますが、ベルリン市内のロケーションとコアなアーティストからカルト的な存在として扱われていることで、Dubplatesはどこか不思議な魅力のオーラを感じさせます。
9. デイヴ・コリンズ・アンド・A&Mマスタリング(DAVE COLLINS AND A&M MASTERING)
Dave Collins氏はダイナミックでラウドな作品で知られています。彼の名前を検索すれば一発で彼のもたらした絶対的な影響について理解できると思います。The Policeの作品にしろWeezerの作品にしろ、Daveはマスタリングの段階でコンプレッションに頼ることなくボリュームを生み出すことで知られていました。
Dave自身は現在独立してDave Collins Masteringに活躍の場を移しましたが、彼は数多くのヒット曲のマスタリングを、ここハリウッドのA&M Studiosで行いました。(RIP)
10. ザ・マスタリングラボ(THE MASTERING LAB)
Doug Sax氏により1967年カリフォルニア州ハリウッドで設立されました。業界のテクニックに常に疑問を呈し、スタンダードな16ビット/44.1kHzに反旗を翻し、どこまでもベストなクオリティを求める、妥協を許さない理想主義者として知られていました。
また有名な話として、最上のシグナルクラリティのために、マスタリングルームのほとんどのギアが、Doug兄弟によってカスタムされていました。また、デジタル化が浸透してきた時に、彼のレーベルであるSheffield Audio coでは、上部の写真のようなTシャツを作りました。
ザ・マスタリングラボは、Pink Floyd、The DoorsやFrank Zappaの曲をマスターしたことが広く知られています。
11. ハウイ・ワインバーグ マスタリング(HOWIE WEINBERG MASTERING)
ハウイは1977年にMasterdiskでマスタリングを始め、以降Sonic Youth、RHCPs Blood Sugar Sex Magic、 Smashing Pumpkins、RUN DMC、NirvanaのアルバムNevermindなど数えきれないほどのアイコン的アーティストを手掛けてきました。
彼は1990年代サウンドのキングであり、ラウドネス・ウォー(loudness war)の旗振り役の一人であり、最も影響力のあるエンジニアの一人でもあります。
2011年に彼は東海岸に移り、Lauren Canyonに新しいスタジオを作りました。未来を見据えているHowieは、自身も登場するマスタリングアプリも作っています。
12. ソルト・マスタリング(SALT MASTERING)
ブルックリンのグリーンポイントにあるSalt Masteringは、このリストに挙げられている他のスタジオに比べると比較的新しくはありますが、2000年代インディーで活躍する数々の有名アーティストのマスターを担当していました。
Secretly Canadian、Sounds Familyre、Fat Cat、Domino Records、Warp RecordsやDrag Cityなどのレーベルを始め、Gang Gang Dance、LCD Soundsystem、Dirty ProjectorsやBesnard Lakesなど多くのバンドが絶大な信頼を寄せています。
13. メトロポリス(METROPOLIS)
1993年に設立したMetropolisはたちまち頭角を現し、メジャーとインディーの両方でヒット曲のマスタリングを担当しました。手掛けたアーティストにはAmy Winehouse、U2、Adele、Bjork、The Killers、Led Zeppelin、MadonnaやThe Beatlesなどが挙げられます。
Metropolisは、Ian Cooper(Hounds of Love、Heroes、Lust For Life) 、John DavisやStuart Hawkesなど世界的に名高いエンジニアを抱え、彼らは現在ポップミュージック業界の頂点にいると考えられています。
その他のスタジオ
Precise Mastering、Bob Katz(彼についてはまた別途書こうと思います)、Trutone Mastering、Lacquer Channel、Golden Mastering、Randy’s Roost、Paramount Studios、Classic Sounds、Motown Studios、The Record PlantとローカルヒーローのGrey Market Mastering
ここに挙げたマスタリング・スタジオはごく一部です。今後、エンジニアにスポットライトを当てた記事や、世界のスタジオについても掘り下げていく予定です。
引用元:Landr
ライター:Rory Seydel