ダブプレート・カッティング:マスター音源のフォーマットの違いによりレコードの音質はどう変化するのか?

アナログレコードをカッティングする際、気をつけなければいけないことは沢山あります。片面あたりの収録時間と回転数といった仕様や、低域をステレオで広げると針が飛ぶという音作りなど、デジタル配信とは違う難しさがあります。

そういった情報はネット上にもあるのですが、サンプルレートやビット深度といったマスター音源のフォーマットはどの形式がベストなのか、そんなテストはあまり見たことがないような気もします。

今回はCUT&RECさんのご厚意により、サンプルレート96kHz/24bitで作成されたマスター音源から、MP3(320kbps), CDと同じ44.1kHz/16bitのWAV, 48kHz/24bitのWAV, 96kHz/24bitのWAVといった4種類のフォーマットでカッティングして、アナログレコードにベストなフォーマットを検証してみようと思います。

テスト音源

今回テストに使用する音源は、僕がオーガナイズしているAbleton Meetup Tokyoで最新司会を務める蜻蛉-Tonbo-によるリリース前のトラック。この音源は蜻蛉の新曲2曲に加え、Tha Blue HerbのO.N.O.さんと僕のリミックスを収録しています。リリース前なので音源をあげられません…ご了承くださいませ!

このEPは僕が96kHz/24bit環境でマスタリングして、その後今回テストする4種類のフォーマットに変換しています。また、変換時に微妙に音量が上がるため、クリップノイズが発生しないようヘッドルームを1dB空けてマスターを作成しています。

テスト環境

今回はテスト環境を2つ用意しました。一つは自分のスタジオです。ここではターンテーブルTechnics SL-1200mk5GからフォノアンプiConnectivity Spinを通り、RME Audio FireFace802のアナログインに接続しています。Spinはファンタム音源から電源を取るユニークな構造が便利です。

もう一箇所は千葉にあるDJバーのsound bar muiをお借りして、実際にクラブで鳴らした時を想定してテストしました。ターンテーブルTechnics SL-1200mk3DからDJミキサーのAllen&Heath Xone:92に接続し、クラブのPAシステムを通したものを再生しています。

また、カートリッジの違いによる音色変化を避けるため、両テスト環境共にOrtofon Archivを使用しています。それでは試聴してみましょう!

音質変化が大きいMP3

まずはMP3(320kbps)ファイルからカッティングした盤を聴いてみます(写真では24bitとありますが実際は16bitです)。

最初に感じたのは音像に奥行きがまったくなく、楽器ごとの音もセンターに集中してダンゴになっている印象。ステレオの音像も左右の広がり方が不自然で、サウンドがセンター・右端・左端の3箇所に集中しています。MP3はファイルサイズを落とすために、ステレオで左右に広がった音を間引いていると聞いたことがありますが、まさにそのような音像です。

聴いていてMP3っぽいキャラは感じなかったのですが、高域の落ち方はアナログらしい詰まり感があります。また、情報量が少ないせいか高域のディテールが描ききれていなく、金物のサウンドがどれも似たようなサウンドに聴こえます。

muiでテストしてみると、昔の場末のクラブでよく聴いたな~っていう感じの音に聴こえます(笑)。muiのマスターの感想もアナログ盤にしてはローが伸びないし、抜けも悪いとのコメントでした。

総評:アナログとデジタルのローファイさの両方を1枚で味わえる。普通のマスターに使うには到底お勧めできないが、ローファイ志向で実験的なサウンドが好きな方にはいいかも?

聴き慣れたサウンドの44.1kHz/16bit

次はCDと同じフォーマットである44.1kHz/16bitのWAVファイルからカッティングした盤。これも写真では24bitとありますが実際は16bitです。

これはかけた瞬間に違いがわかりました。MP3では楽器同士が分離せず固まりで聴こえていたのが、各楽器が分離して左右に広がり、奥行きや空間ができています。MP3の時のような団子感はありません。

さすがCDやデジタル配信では標準的なフォーマットであるため、聴き慣れたサウンドといった印象です。とはいえサウンドの細かいディテールも見えるようになってきたものの、曲によっては高域が荒れ気味だったり、膜が張った感じがしたりもしました。

muiでのテストでは、リバーブなど空間系エフェクトの質が向上してよく聴こえるようになりました。

総評:マスターにするなら最低でもこのクオリティーは必須

バランスのとれた48kHz/24bit

さて、ここからはいわゆる「ハイレゾ音源」になってきます。まずは作業環境では一般的なフォーマットとも言える48kHz/24bitのマスターを聴いてみましょう。

44.1kHzに比べて情報量が多くなっているので、前に出る音は出て、奥にいく音はひっこみ、抜けが良く聴きやすいサウンドになりました。高域も情報量が増えた分ピークが取れてきて、ハイハットはレコードらしいチリチリした乾いたキャラが出てきました。サウンドはちょっと硬めになった印象です。

muiでのテストでは、ローエンドの分解能が上がり、キックとベースの分離が良くなりました。クラブでの鳴りは44.1/16と比べて明らかに良くなっています。

44.1/16と48/24の違いの差は数字から感じるよりも大きく、全体的にイマドキのいい音のレコードらしいサウンドになっています。

総評:迷ったらまずこのフォーマットが良いと思われる

相性がありそうな96kHz/24bit

最後は制作環境と同じサンプルレート96kHzです。O.N.O.さんのリミックスは48kHzで制作されているので、今回は参考程度にしましたが全体的な印象は48kHzと同じでした。多少柔らかくなったような気もする程度の差です。

一方、そのほかのトラックは、サンプルレートが上がったのでサウンドの細かいディテールまで聴き取れ、奥行き感がさらに出てきました。しかし、それとともに膜が張っているような特有の癖も感じられました。

特にmuiでのテストの時は、奥行きが出すぎて音が引っ込んだ感じに聴こえたのが印象的でした。その理由は様々な要因が考えられます。カッティングマシンとの相性/サウンドシステム/曲調との相性など…これはさらなる検証が必要だと思いました。

また、96/24では全般的にサウンドの傾向が柔らかく大人しめな感じになりました。今回はフロア向けのパンチが効いたビートのトラックばかりなので、このキャラは合わないと思いましたが、曲調によっては合うのかもしれません。

総評:96kHzはレコードに合わないのか、48kHzの方が原音に近くバランスのとれたように聴こえた

総評

こうして一通り聴いてみると、アナログレコードではこうしたフォーマットの違いでサウンドの変化が大きいような感じがしました。特に96kHzは予想外の方向にサウンドが変化したのが驚きです。今回のテストでは、48kHz/24bitが一番バランスが取れていてマスタリング時のサウンドに近い印象で、実際にプレスに出すときもこのフォーマットになるでしょう。

実はアナログレコードに収録しやすい主な周波数帯域は60Hz~8kHz(実際はその上下も収録されてはいますが)といわれています。もし、ハイレゾなら20kHz以上の高周波をアナログに落とし込めると思っているのであれば、それは誤った先入観かもしれません。デジタルなら高域にも豊富な情報量を収録して無理なく再生できるのですが、アナログレコードの特性を考えるとはそうもいかないことがこのテストを通じて思い知らされました。

カッティング前から、CUT&RECの橋本さんは48kHzが一番いい音がするといってましたが、確かに納得のテスト結果となりました。また、アメリカの大手プレス工場United Record Pressingなどは、マスターを標準的なオーディオCDで送ってくるのが最も多いとFAQで答えています。僕が以前ここでプレスした時の担当者は「24bitの方がいいよ」と答えてましたが(笑)。

CUT&RECのウェブサイトをチェック

トップ画像:Hiro Ugaya

イベント情報

あなたの音楽をその場でレコードに。ダブプレート出張サービス @Reseau

日本のTechnoシーンを代表するDJ/ProducerのDJ Sodeyamaが手掛けるダイニングカフェ Reseauと、世界に1枚だけのオリジナルレコードをオンラインで作成できるダブプレート・サービス「CUT&REC」のコラボイベントを、11月26日(日)に開催します。

CUT&RECのカッティングマシン持ち込みで開催する当ワークショップは、参加者のオリジナル音源に対してアナログに適したマスタリングを施し、その場で12インチレコードにカッティング。参加者は、マスタリングとカッティングの専門知識を持つ2人のエンジニアにアドバイスを受けながら、ダブプレートを作成することができます。

当ワークショップの詳細は、以下のページでご確認ください。

Peatix イベントページ:http://ptix.at/oZTdGK

ワークショップ概要

開催日時:2017年11月26日(日)14:00-21:30
会場:RESEAU(https://www.facebook.com/reseau.shibuya/
住所:東京都渋谷区宇田川町42-12 SALON渋谷 1F
料金:¥8,000(税抜)
定員:10名
お申込窓口:Peatixイベントページ(http://ptix.at/oZTdGK