Pioneer DJから、Dave Smith Instruments(以下、DSI)とのコラボレーションで開発されたモノフォニック・アナログ・シンセサイザーのTORAIZ AS-1(以下、AS-1)が発売されました。DSIの創設者=Dave Smithは70年代にSequential Circuitsを立ち上げ、冨田勲やYMOからジェフミルズに至るまで多くのアーティストが愛用しているシンセサイザーを産んだ、シンセ界の生き字引のような存在です。
それでは、はやる気持ちを抑えてこのAS-1を詳しく見ていきましょう。AS-1は、厚みがあるiPadのようなサイズ感の本体に音源・シーケンサー・エフェクトなど多くの機能を内蔵し、コンピューターに接続しなくてもこの1台でシーケンスを組んでエフェクトをかけ演奏することが可能です。
また、音源部は一見シンプルですがDSIを代表するシンセサイザー=Prophet-6をベースにしており、オシレーターの波形は三角波/ノコギリ波/矩形波/ノイズ波を搭載し、Prophetシリーズ伝統のポリモジュレーションも可能です。
シンセの構造は2VCO,2VCF, 2EG, 1LFO, 1VCAと本格的な仕様となっていて、本体側からこれらのパラメーターをエディットできますが、コンピューターに接続してエディターソフト(後述)から本格的なシンセサイザー並にフルエディットすることができます。
AS-1背面には、ステレオアウト/ヘッドフォーンアウト/コンピューターとの連携に使うUSB端子/MIDI IN・OUTを搭載しています。中でもイマドキなのはモジュラーやシーケンサー等と同期できるTRIGGER IN端子を備えているところでしょう。
プリセットからサウンドメイキング
それでは早速プリセットを切り替えながらそのサウンドを聞いてみましょう。AS-1はシーケンス付きの音色プリセットを495種類内蔵しているので、シンセの音作りが苦手な方でもすぐに音を出して演奏することができます。
サウンドのキャラクターはさすがDave Smithサウンドといった感じで、ベースのローエンドはちゃんと出ているし、ハイも滑らかです。極端なセッティングにしてもサウンドが破綻しないため扱いやすく、エフェクターと組み合わせることでモノフォニックながらも幅広い音作りができることがわかるかと思います。
このように即戦力なサウンドを豊富に搭載したAS-1は、サウンドメイキングも簡単です。こちらの動画ではプリセットF1 P72 “BA RampedPulse”のサウンドを、トップパネル中央に配置された6個のノブ(LPF,HPF,Envelope)と左側のスライダーだけで調整して、サウンドメイキングしています。
動画中で触れている本体左側のスライダーは、シンセのモジュレーション・ホイールに似ていますが、最大の特徴は7種類のパラメーターを複数アサインできるところ。これによりスライダーで様々な音色変化が可能になり、パフォーマンスのアクセントにも役立ちそうです。
シーケンサーでクールなパターンを作る
次はプリセットのシーケンスではなく、自分でパターンを打ち込んでみましょう。このシーケンサーで打ち込むにはキーボード上部の録音ボタンを押します。動画では少し見づらいですが、キーボードで音符や休符を打ち込むと、LCDディスプレイ上のステップが自動的に進んでいき、打ち込み終わったら再生ボタンを押すとシーケンスを再生します。
打ち込んでいて間違えた場合は、再度録音ボタンを押すことでシーケンスを打ち込み直すことが出来るので、スピーディーな打ち込みが可能です。また、シーケンスを打ち込んだ後に本体やエディターソフト上で修正することも可能です。
AS-1に内蔵されているステップシーケンサーは最大64ステップまで打ち込みが可能で、そのステップの長さも6とか10など細かく設定出来るのでポリリズムにも使えます。また、内蔵キーボードにはSP-16 v1.3にも搭載されたスケール機能があり、それっぽいフレーズを簡単に演奏することができます。
さて、AS-1の面白い機能としてはオルタネート・チューニングが上げられます。現代の音楽では平均律と呼ばれる1オクターブを12分割した音階を使用していますが、このオルタネート・チューニング機能によりAS-1を民族音楽や昔の楽器で使われた音階に変更することができます。
動画の中では打ち込んでからチューニングを変えていますが、実際に使う場合はチューニングを設定してから打ち込んだ方が良いでしょう。また、AS-1の取扱説明書にはそれぞれのチューニングについての解説や歴史的な背景も載っていますので、これを一読してから使用した方が良いかもしれません。この機能はギターエフェクターなどにはありますが、シンセに搭載されているのは初めて見ました。とてもユニークな機能です。
以下の動画ではシーケンサーに関連したQuick Programというプリセットを瞬時に切り替える機能を使って、プリセット同士をリミックスするようなデモを行っています。AS-1の音色プリセットにはシーケンスデータも含まれているため、プリセットの切り替え=シーケンスの切り替えとなりこうした演奏が可能になります。この使い方はおそらくQuick Programの本来の使い方ではないと思いますが、こういった「本来の使い方ではない演奏」ができるのも楽器の面白さの一つではないでしょうか。
なお、この動画では伴奏としてビートが入ってきますが、このビートはK-Devices AutoBeatというAbleton Live専用の拡張音源を使用しています。よく聴くとビートがランダムに変化しているところに”AutoBeat”を感じます。
まだまだある!演奏や制作の幅を広げる機能たち
前項までは基本的なAS-1の機能を紹介してきましたが、こちらの項からは一歩進んでエフェクティブな機能を紹介していきます。
まず紹介するのはあると便利なアルペジエーター。DSIのシンセに搭載されているものと同等の機能を持ち、シンプルな操作性で使いやすく、HOLDボタンを押すとキーボードから手を離して他のパラメーターを操作することができます。
エフェクターもシンセのサウンドメイキングの重要な要素…という訳で、次の動画ではAS-1に搭載されているエフェクターを紹介します。
AS-1にはProphet-6と同等の2系統のエフェクターを内蔵しており、FX1にはディレイ/ディストーション/リングモジュレーター、FX2にはコーラス/3タイプのフェイザーのエフェクトを搭載し、FX1とFX2を同時使用することが可能です。なぜフェイザーが3タイプもあるのかと思う方もいるでしょうが、使ってみるとシンセとの相性の良さに納得。それぞれのキャラが違っていて、シンセサイザーを知り尽くしていると感心してしまいました。
さらに感心したのは、エフェクト部分だけをデジタルで処理してドライ音とミックスしているので、シンセの音そのものはアナログ信号のままであるところ。そのためエフェクトをオン/オフしてもシンセの原音そのものは細かいニュアンスを損なわない設計になっています。
PCとの連携でさらに広がる可能性
ここからは実際に使われることが多いであろう、PCと組み合わせた使用事例を紹介していきたいと思います。PCとAS-1はUSBで接続し、AS-1のオーディオアウトはオーディオインターフェースのインプットに直接接続しています。
AS-1は小さなボディの中に多くの機能が搭載されているので、この記事を書くのも予想以上に大変…。そんな時に役立つのが、Soundtower Inc.のWindow/Mac対応エディターソフトTORAIZ AS-1 Sound Editor(LE版は無料/Pro版は$39)で、AS-1とPCをUSBまたはMIDI IN/OUTを接続して使用します。開発元のWebサイトの見た目はかなり懐かしい感じですが、ちゃんと最新のOSでも動作します。
こちらの動画ではTORAIZ AS-1 Sound Editorでできることを紹介していますが、本体だけでエディットするよりも断然視認性・操作性がよくなることがわかると思います。
さて、最後によく使われそうな例として、DAWと組み合わせたパフォーマンス事例を紹介します。DAWにはAbleton Live 9を、コントローラにはPush 2を組み合わせてAS-1を演奏しています。
Live上でExternal Instrumentsというインストゥルメントを使用することで、AS-1は音源/Liveはシーケンサーとミキシングを担うといった具合に、簡単にDAWとAS-1を統合することができる便利な機能です。他のDAWにも同じような機能がありますので、詳しくはお使いのDAWのマニュアルをご参照ください。
両社の得意分野を組み合わせたコラボが光る一台
一通りAS-1に触れて感じたのは、シンセを知り尽くしたDSIとパフォーマンスを知り尽くしたPioneer DJの得意分野が組み合わされることで生まれたコラボレーションの妙味。AS-1は、DSIのシンセエンジンにPioneer DJならではのパフォーマンス性に優れたインターフェイスが融合して、パフォーマンス性に優れたシンセサイザーに仕上がった印象です。
また、コンパクトな筐体に多くの機能を上手く盛り込んでいて、PCに繋ぐと本格的なエディットが可能なところも設計の上手さを感じますし、これだけの機能とサウンドで実売価格約6万円という価格も驚きです。
AS-1の良さはもちろんProphet直系のサウンドにもありますが、一番の魅力はこの両社のコラボレーションによって生まれた化学反応にあると言えるでしょう。エレクトロニックミュージックの世界でもセッションやコラボレーションが盛んになってきていますが、そうした流れがシンセの世界にも到来していることを感じます。
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