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「足り過ぎ」ている現代のサウンドを『引く』ことの重要性〜ミキシングについて知っておくべきこと第3回

ミキシングにおける「こってり・あっさり論」について紹介するコラムの最終回。前回のコラムでは、音響バランスを格段に向上させる3つのポイントについて紹介し、重要なポイントとして「現代のデジタル機材は音が良過ぎる(音域、定位のレンジを目一杯使った贅沢な音)」ということをお伝えしました。それでは、現代機材の贅沢な音はどのように処理すれば良いのでしょうか?ここでは、現代のデジタル機材における音の基本的な捉え方について考えてみたいと思います。

現代の音は人間の耳には許容オーバー?

現代の機材の音は素晴らしいのに、なぜ気をつける必要があるのか?それは、ここまで述べたとおり、音が良すぎるためにぶつかる帯域が増え「こってり」してしまうということ。そしてもう一つ、人間の耳が許容に耐えられず「音が悪い」と感じてしまう皮肉な状況が起こってしまうことも、実は原因の一つだと思います。

mastering-vol3-2出典:Avid

普段のミキシング作業で、あともう少し何かが「足りない」と思った時、真っ先にEQやコンプなどで何かを足してみる人、または何か他の機材を導入しなければ!と考えている人は少なくないと思います。実際、多くの音楽雑誌では「これを通すと太くなる!」「こうすると存在感が増す!」という話が頻繁に出てくるので、そうした思考になるのは当然といえます。しかし現代の制作環境では、本当は「足り過ぎ」ているのが問題で、必要な処理として「その問題を差し引いてあげる」ことで解決するケースが非常に多いように思います。

安定性を追い求めて辿り着いた「デジタル」

一般的に昔の機材は今と比べ、明確さ、正確さに欠けていました。電源を入れるたびに音が変わったり、動作が不安定であったりと、使用においてかなり苦労をするケースもあったようです。また構造上、アナログ回路を通ると、それだけで何かしらが変化してしまいます。良い意味で変化する部分もありますが、同時に失う情報も多くありました。そうした機材を日常的に利用する人達や開発者は「より変化や不確定さのない機材」を追い求め、そして辿り着いたのが、デジタル機材といえます。

mastering-vol3-3出典:Foter

例えばプラグインEQで絶大な人気を誇るSONNOX EQの元となったコンソールのOXF-R3は、こうした狭間で生まれた歴史的な名機の一つです。非常にシャープに狙った効果だけが得られることで、多くのエンジニアの理想が現実となったわけですね。

出典:YouTube

更にデジタルの躍進は続き、正確で明確な特徴を持ちながら人間の聴覚限界を超える帯域まで扱えるところにまで進化しました。自力で差し引きしない限り、何かが失われることの少ないデジタルは、そのメリットを存分に活用しようと、より迫力があり細やかな音へと進化していきます。リスニングにおいても同じことが言え、音質的に優れている音楽データのハイレゾやDSD(ダイレクトストリームデジタル)などは本当に健康で新鮮な耳とそれに見合った再生環境が無ければ、その音質をフルに楽しむことは難しい世界であるわけです。

そして面白いことに、ハイレゾやDSDを再生するためのアンプとして、真空管アンプがにわかに人気だったりします。真空管アンプといえば暖かいなどと表現される特徴をもっていますが、実は真空管アンプは構造上、使うと必ず超低域や超高域が削られる特性をもっています。それにも関わらず、音がとても良くなった!と評価される場合もあります。これは、現代の音は人間の耳にとって許容レベルを超えている場合が多い、ということを表している事象といえます。

mastering-vol3-4出典:Mcintosh

一つ一つの音の作り込みが大きな効果を生み出す

シカゴやデトロイトのアーティストのトラックがあっさりしている理由として、彼らが未だにMPCなどの古い機材を使用し「ハイレゾに真空管」効果にも似た結果を得ていると話しました。それともう一つ、MPCなどの古い機材はトラック数に制限があるためトラックの構成がかなりシンプルになるということもあります。トラック数が少なくなると必然的に一つ一つの音への注目度が高まるので、より作り込みが深くなっていくわけです。

mastering-vol3-1出典:Foter

対して昨今のDAWは平気で100トラック以上を扱うことが可能です。しかもDAWはフルデジタルの世界なので、何らかの「ハイレゾに真空管」効果を与えなければなりません。よって、音域を引き算する「マイナス」の作業が必要になってわけですね。

さて、締めの話になりますが、今回何故こんな話をしたかというと、日頃こうした「マイナス」作業が十分ではないトラックを受け取ることも少なくありません。先日スタジオエンジニアのGoh Hotoda氏が「仕事で受け取るトラックには、見えにくい帯域に無駄な音が多く含まれていて、それをカットする作業が大半になる」という話をされていました。このように現代はむやみに機材を買って問題を解決しようとするよりも、こうした基本的なことを深く意識して対処するほうがよっぽど良いのではないかなと思います。

しっかり「マイナス」の作業を行えば、今の環境でも多くの問題を解消できるかもしれませんし、グルーヴもより際立ってくるはずです。一つ一つの音のマイナス作業では大きな差を感じられないこともあるでしょうが、そこをしっかり詰めていけば、チリが積もって山となり、その効果が大きなものとして表れてくるはずです。

トップ画像出典:Foter

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