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DAW登場以前の音楽制作を支えた音源 =『ハードウェア・サンプラー』

今や音楽制作はDAWを使ってコンピューター内部で完結するのが普通になっていますが、DAWが登場する前の90年代はどうやってトラックメイキングしていたのでしょうか。

今回は僕の自宅に眠っている90年代後期の雑誌や書籍を元に、DAW以前を振り返ってみましょう。温故知新という言葉のとおり、昔の手法を知ることで新しいアプローチがみえてくるかもしれません。

90年代までの音楽制作はハードウェア

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出典:サウンド&レコーディングマガジン 1999年1月号「プライベートスタジオ '99」
情報の少ない当時、卓球さんのスタジオはテクノの教科書のような存在だった。

90年代のトラックメイキングではハードウェア音源が多用されていました。中でもよく使われていたのがラックマウントするタイプのハードウェア・サンプラー。音声をデジタル化してメモリーに読み込み任意に鳴らすことができる楽器で、AKAI SシリーズやE-MU Eシリーズ等が定番。E-MUのサンプラーはヒップホップでよく使われるSP-1200が有名ですね。

サンプラーは、ブレイクビーツのようなラディカルな使い方もできるし、サンプルを読み込めばどんな音でも出せる使い回しのしやすさで、とりあえず1台は持っておくべき機材でした。また、当時はThe Chemical Brothers, The Prodigy, Fatboy Slimなどがヒットしてブレイクビーツが流行り、シーケンサー内蔵サンプラーのグルーブギアと呼ばれる機材も数多く発売されていました。ENSONIQ ASR-XやYAMAHA SU-700などが有名ですが、これらの多くはハイエンドのものに比べサンプラー機能が簡略化されています。

僕が最初に購入したサンプラーは、メモリを32MB搭載したAKAI S3000XL。搭載メモリは32MBで20万円近くしました。思い入れもあり今でも所有していますが、この記事を書くために引っ張り出したら、液晶も暗くなり起動するとすぐフリーズ…。

S3000XLクラスのサンプラーはブレイクビーツのような”サンプラーらしい”使い方もできますが、音作りの機能がフィルターやADSRエンベロープ・LFOなどシンセサイザー並に充実していたのが特徴。サンプルをシンセのように鳴らすことはもちろん、キックのサンプルをレイヤーしてオリジナルのキックを作ったり色々な加工が出来ました。

また、ループ素材やドラムキットなどを収録した「サンプリングCD」というものも楽器屋でよく販売されていたので、様々なサウンドを自分のライブラリーに追加することができました。当時ムックも出ていたくらいですから、サンプラー人気は高かったのだと思います。

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出典:ザ・サンプラー '99

初期DAWとも言えたサンプラー

さて、この当時プロはどういうシステムで制作していたのでしょうか。1998年のサウンド&レコーディングマガジン誌に、サンプラーを使った当時の制作システム図が載っています。
既に音楽制作にもコンピューターが普及していますが、今のように完パケまで全てまかなえる多機能なものでは無く、シーケンサーとしての使用が主でした。この頃のモニターはCRTでしたが、ハードウェアのシーケンサーよりもずっと広い画面でトラック全体を見渡せるわかりやすさは衝撃でした。

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出典:サウンド&レコーディングマガジン 1998年11月号「ループの技法」

コンピューター上で動くシーケンサーはシーケンスソフトと呼ばれていて、MOTU Performer, Steinberg  Cubase, Emagic Logic, Opcode Visionが有名。90年代前半はMIDIしか使えませんでしたが、後半にはオーディオ機能を備えてDAWらしくなってきます。制作の時はシーケンスソフトからMIDIインターフェースを経由し、サンプラーにMIDIを送ることで音を出していました。さらに、その音源をミキシング/録音する機材も必要になりますが、これらの話は長くなってしまうので次の機会にしたいと思います。

なお、上の画像の一番下にある点線の”SCSI“は、サンプラー/コンピューター/サンプルを保存するストレージ間のやりとりをするデータ転送の規格で、USBやFireWireの先祖ともいえます。この時代のサンプラーは電源を切るとサンプリングしたデータが全て消えてしまうので、電源を入れっぱなしにするか、ZIPドライブなどのSCSIデバイスにサンプルを保存していました。SCSIは古くさい規格なので、電源を入れる順番やIDの設定など作法を間違えるとフリーズや誤作動してとにかく面倒でした。

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出典:サウンド&レコーディングマガジン 1998年11月号「ループの技法」

また、この時代にサンプラーと組み合わせてよく使われていたのがPropellerheads Recycle!というソフトウェア。当時流行していたブレイクビーツを作る時、手動でドラムループを切って鍵盤に割り当てる作業は正直手間がかかります(こだわる方は敢えて手動で切りますが)。

そこでRecycle!を使うと、ソフトウェアに読み込んだサンプルからアタックを検出してサクっと分割し、そのまま演奏できるようにSCSI経由でサンプラーに転送してくれます。今なら当たり前のような機能ですが、当時はこのワークフローの良さに「コンピューターってすごい」と感動しました。

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出典:Propellerheads

ハードウェアサンプラーのその後

これらAKAIやE-Muのサンプラーの内部は、CPU/メモリ(多くはSIMM)/OSを搭載した立派なコンピューターでした。上位機種は内蔵エフェクトや8chパラアウトを装備する豪華な仕様で、サンプラーからドラム/ベース/ウワモノの音を別々に出して外部ミキサーで音作りもできました。

S3000XLの出力はメインアウト2ch+パラアウト8chあり、DAコンバーターも10ch分搭載しています。ただ、ステレオアウトとパラアウトで違うDAコンバーターを使っていて、パラアウトの音質は少し位相が悪くなっていました。インターネットのBBSでは、時々この音質についてAKAI派とE-MU派が熱い議論を交わしていました。今で言うと炎上ですね。笑

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AKAI S3000XLのバックパネルと内部。他にはMIDI/SCSI/SPDIF端子を備えている。

ただ、サンプラーは中身が立派なコンピューターなだけに値段が高く場所もとり、2000年代に入るとコンピューターの性能向上とともにソフトウェア化の波に流されていきました。そういう意味ではサンプラーはDAW黎明期を象徴した時代の徒花のような機材といえるでしょう。

ただ、今のサンプラーはソフトウェア化されて「あるのが当たり前」の概念的存在としてDAWを支えています。また、AKAI PROFESSIONAL MPCシリーズのような演奏に特化したサンプラーも根強い人気があります。サンプラーを使った音楽制作には独自の手法があり奥が深い世界です。曲作りでマンネリを感じたらサンプリングだけで1曲作ってみると、新たな発見があって面白いでしょう。

最後に、僕が主宰しているAbleton Meetup Tokyoの5回目のミートアップを4/26(火) 19:00より三軒茶屋Space Orbitで開催します。今回のサンプラーに比べると異次元の世界ですが、興味を持った方は是非ともお越し下さいませ!

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