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FEATURE

日本唯一のレコードプレスメーカー東洋化成のエンジニアにレコードの疑問について聞いてみた Vol.2

東洋化成のカッティング・エンジニアの西谷さんへレコードの素朴な疑問にお答え頂くインタビューの後編。

後編では、レコードの製造の工程や、気になるレコードにする音源の注意事項などについて聞いてみました。

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ーーカッティングでは、どのような機器が使用されているのですか?

カッティングでは、カッティング・マシーン、カッティング・コンソール、信号をカッティングのレベルに変換するドライブアンプ、メディアの再生機が主なセットになります。

ーーカッティング・マシーンはどこの製品を使用しているのですか?

ドイツ製のNeumannと言うメーカーのVMS70とVMS80の2台でカッティングを行っています。

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ーーNeumann以外のカッティング・マシーンはあるのでしょうか?

ビンテージでは、たとえばPrestoやScullyなど、他にもいろいろとメーカーはあると思いますが、だいたい70年代以降に関しては、このNeumannが主流になっていると思います。

ーーカッティング・マシーンによるサウンドの違いはありますか?

もちろんそうですね。同じカッティング・マシーンでも、扱う人によっては微妙に音の差というのはでてきますね。

ーーカッティングにおいて特に気をつけられているポイントはありますか?

内周部の歪み、ボーカルのシ音ですね。毎回やることは一緒なんですが、その都度中身が変わるので、それに合った音づくりを含めたカッティングですね。

常に気を遣う部分でもあり、カッティングエンジニアにとっては一生の課題ではないかなと思います。物理的な課題なので、そこをどう収めていくかですね。

ーー内周部に行くことで設定を変えると言うことはあるんですか?

ありますね。例えば高域周波数帯が最初から減衰する場合、後半にかけて高域周波数を上げると逆に歪みの原因になってしまうので、そこをあえて下げる場合もありますし、逆に低域を下げる場合もあります。

できるだけ音の変化をなくすというテクニックが、個々のカッティング・エンジニアにあると思いますね。

ーーカッティングに使用されるラッカー盤は、通常のレコード盤と違うと言うことですね?

そうですね。素材が違います。レコードは塩化ビニールなんですけど、ラッカー盤と言われるものはアルミの板にラッカーの樹脂が塗布されたものです。表面のラッカーは塩化ビニールよりも柔らかいので、カッティングには適しています。

ーー削ると言う事を考えて、柔らかい素材を使用しているのですね。その後のメッキ作業はどのような作業になるのでしょうか?

電気を通して電鋳メッキと言う工程を行うんですが、ラッカー盤自体では通電しないので、表面に銀をコーティングするんですね。銀の粒子は、レコードのミクロよりももっと小さく、ナノよりも先のオングストロームって言う単位なんです。

そのオングストローム単位での銀のコーティングであれば、レコードの再生において音の変化が限りなく少ないと言うことで、銀のコーティングによって通電できる状態にするわけです。

そこから電鋳メッキ層に入れて、電圧を上げていきながら、1時間から1時間半ほどかけて表面にニッケルをメッキしていきます。

ーーレコードをプレスするまでに、マスター盤、マザー盤、スタンパー盤とありますが、それぞれの素材は違うのですか?

いえ、全てニッケルですね。

ーーちなみに全ての盤って聞けるんですか?

マスター盤と最終的なスタンパーは凸盤なので聞くことはできないですね。マザー盤はレコードと同じように溝が谷になっているので、針を乗せて実際に音をチェックしています。

その昔は凸版を聞けるレコード針もあったんですよ。

ーーそれはおもしろいですね。だいぶマニアックな針ですね(笑)。レコードの製造工程では、最終的にプレスと言う作業があるわけですが、プレスによって個体差が出ることってありますか?

もちろんあります。1枚目と1000枚目の音が違うのかと言われると、それは違います。違いの要因としては、例えば機械を起動させたとき、材料を温めたときで、温まり始めと稼働してからの温まった状態の材料をプレスすることでの溝の整形力、ここで製品の差が出てきます。

ただ1000枚、2000枚を超えるとスタンパーも消耗してくるので、今度は消耗したときの音と最初の音と言うのも変わってきます。

それなら1枚目のレコードの音がいいかと言われると、スタンパーを取り付けたばかりだとプレス機とスタンパーが馴染む時間が必要なので、そう言った部分を考えると大体10枚プレスしたくらいが安定してくるんじゃないかと思います。

従って弊社では、10枚〜2000枚でスタンパーを交換しています。

ーーでは300枚のプレスに要する時間はどのくらいなんでしょうか?

プレス機にセットしてプレスをスタートすれば、1枚約30秒くらいでLP1枚をプレスできるので、それで計算していくと約150分くらいですね。

ーー両面一気にプレスされるんですか?

そうですね。スタンパーは、A面B面1枚づつあってプレス機の上下に取り付けて材料をプレスしていきます。

ーー一般的なレコードの原料は塩化ビニールと言うことでしたが、ピクチャー盤の原料は違うんですか?

そうですね。ピクチャー盤は、中にA面B面用に2枚の印刷された絵紙が入っていて、その絵紙の上に塩化ビニールも含まれているビニールのシートが1枚あります。

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熱して柔らかくなった塩化ビニールの材料を直接スタンパーでプレスするのと、フィルムをプレスするのとでは、整形力と材質の違いから音の違いと言うのがもちろん出てくるわけですね。

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ーーちなみにどちらが音がいいとかあるんですか?

やはり整形力を含めるとピクチャー盤よりも、通常のレコードの方が音の鮮明さは高いと思います。そう言った意味ではピクチャー盤は、中に絵柄を入れらると言うビジュアル的な楽しみ方もできるので、音質よりもビジュアルを重視したディスクと言うことになりますね。

ーー通常のレコードには黒だけじゃなくて、カラー盤があると思いますが、これらも違いが出てくるんですか?

そうですね、塩化ビニールは元々は、材料自体の色は透明なので、それに顔料を入れたものが、カラー盤になるんです。と言うのも、塩化ビニールだけでは若干柔らかいんですね。

例えば商品として、落とした時に割れないと言うことを考えると、強さであったり堅さを出すために塩化ビニールにほんの数パーセントのカーボンを入れるんです。そのほんの少しのカーボンを入れるだけで、材料自体真っ黒になるんですね。

強度と硬度が増すことで、高域周波数帯の再現性がリズミカルになって、低域がタイトになる傾向にあります。

逆に塩化ビニールは透明で少し柔らかいので、クリア・ブルー、クリア・レッドであったりと言う物に関しては、顔料によっての音の違いがもしかしたら出るかもしれないです。

ただ黒盤と違ってカーボンが入っていないことで、例えば高域がマイルドに聞こえるとか、伸びのある低域になってくるといった、音の差が材質の堅さによっても出るんですね。

ーー材質の硬さによって音質に違いが出るのは、やはりアナログといったところですね。それでは、自分のオリジナル・トラックをレコードにする場合のミックス処理で気をつけるべきポイントってありますか?

ボーカルであれば、「さしすせそ」、Hzで言うと6000から7000Hzくらいですね。これが強調されている楽曲をレコードにした場合、歪みの原因になってくるので、実際にそれを歪まないようにレコードにカットするには、最終的には全体の音量を下げるしかないんです。

そうすることでSN比も悪くなってきますし、音の迫力って言うのはだいぶ変わってくるので、「さしすせそ」の音に気を付けた方がいいと思います。

ーーそう言った場合は、ミックスし直す必要があると言うことですね?

カッティングの現場で抑えるのは難しいですね。ボーカルの歪む部分だけを抑えるか、ボーカル全体の音量を下げるか、部分的に処理してもらえるといいですね。

その他では、高域周波数帯で10kHz以上の音が持続的にかなりの大音量で入っていた場合、カッターヘッドのコイルが焼けてしまう、あるいアンプの方で、信号を遮断してしまうんですね。

あまりにも高域周波数帯が強い楽曲になると、物理的にカッティングできないと言うことになるので、その辺はマスター作りで気を付けた方がいいと思います。

ーー参考になります!レコードのオーダーから納品までに要する期間は通常どの程度なのですか?

1000枚以下の場合、ジャケット印刷用のデータ、レーベル印刷用のデータ、音源のすべてを入稿して頂いて、確認して問題がない状態から約1ヶ月くらいで納品は可能です。

ーー海外でレコードの生産量が増加していることが話題となっていますが、東洋化成さんでも増加していますか?

去年ぐらいから製造量は増えてきてますね。配信が主流のデジタル音源はメディアレスになっていますよね。その逆でモノの価値を高めると言った時にアナログで形を残そうと言う動きになってるというのはあるかもしれないですね。

ーー海外からの受注もされていらっしゃるんですよね?

そうですね。欧米はまだ多くのカッティング・スタジオやプレス工場が残っているので、近年では、アジアを中心としたお客さんが多いですね。

ーーそれでは最後になりますが、西谷さんが思うレコードの魅力とは何でしょうか?

アナログのセットは、何かを変えればどこかが変わるんですね。

CDのデジタルデータって言うのは、どんな環境でも音の変化が少ないと言う面が魅力だと思いますが、「レコード好き=オーディオが好き」と言う方も多いので、そう言った面では自分好みに針を変えたり、アンプを変えたり、スピーカーを変えることで自分だけの音を作り上げるって言う部分が楽しみであり魅力だと思います。

それと、きちんと音楽を聞こうと思った時、人間の耳が集中して音を聞いていられるのは、大体20~30分くらいだと思います。

CDの場合、片面収録で時間にすると最大で80分くらい収録できますが、前半は印象的でも後半になると、ながら聞きになってしまうことも多いと思うんですよね。

レコードは、A面B面で2回スタートがあるので、耳を一度リセットした状態でB面1曲目からスタートできるのは、人間の耳で聞き続ける範囲ではちょうどいいんじゃないかなと思います。

一度針を置いたら上げなければいけない。これが面倒な動作でもありますが、CDのようにかけっぱなしで放っておくことができないので、必然的に針を置いたら上げる間まで音楽と向き合うことができるんですね。

そう言った面では、儀式的な面も含めてレコードを聞くと言う1つの行為が楽しめるんじゃないかなと思います。

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取材時にカッティングの作業に立ち会わせて頂いたのですが、ちょっとした設定の違いによるレコードへの影響を体験でき、アナログならではある種絶対ではないものを形にする作業の繊細さを実感することができました。

普遍的なデジタルと環境によって変わる特殊なアナログ。テクノロジー的な観点で見た場合は、デジタルの扱い易さが優位に思えますが、カッティングの現場を拝見して、常に変わり続けるアナログのおもしろさを改めて認識できました。

これからも現代だからこそのアナログと言う観点で、アナログには注目していきたいと思います。

今後も東洋化成さんから、日本発の良質なレコードがリリースされ続けることを期待しています!

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