今年の3月に初のメジャーアップグレードが行われたDAWソフトBitwig Studio 2。このソフトを開発するBitwig社でマネージング・ディレクターを務めるPlacidus Schelbert(以下、プラシダス)さんと、プロダクトスペシャリストを務めるFalko Brocksieper(以下、ファルコ)さんが来日されたということで、Bitwigについてお話を伺ってきました。
彼らが待つ部屋の扉を開けると、そこにはBitwigと共にモジュラーシンセが並ぶ不思議な光景が。今後の音楽制作やライブパフォーマンスに求められるであろう斬新な機能を搭載したBitwigの真髄に触れられるインタビュー。この記事を読んだあなたは、きっとBitwigが気になるはずです。
2010年代の最新のテクノロジーで開発されたDAW
ーーBitwig Studioがリリースされてからどのくらい経ちましたか?
プラシダス:2014年3月にリリースしたので、3年半ほど経ちました。ソフトの開発期間に4~5年を要していますので、会社自体は設立から8年ほど経過しています。
ーー設立当時のメンバーは、どのような構成だったのですか?
プラシダス:はじめは開発者3人とグラフィックデザイナー1人の4人でスタートして、半年後にセールスとして私が加入しました。
ーー開発者の方々は、以前にもDAWの開発を手がけていたのですか?
3人の開発者は、Ableton社で2~3年程度開発を担当していました。
ーーBitwigを開発するきっかけを教えてください。
プラシダス:今まで以上にパワフルで可能性を持ったDAWを作ろうというモチベーションが、Bitwig開発のきっかけです。
開発の中枢を担うクラース・ヨハンソンという青年がいるのですが、彼は18歳頃からVST対応のプラグイン・シンセサイザーを開発していました。彼はVST対応のプラグインがどのように動作するべきかを完璧に理解していましたが、DAW側でVSTプラグインの可能性に制限を掛けていることを身にしみて感じていました。
このような状況から、サウンドエンジンの可能性を最大限に引き出すプラットフォームがあるべきだと考え、Bitwigの元となる新たなDAWの開発に着手したのです。
ーーということは、Bitwigはクラース・ヨハンソンさんのアイデアがベースになっているのでしょうか?
プラシダス:コンセプトの1つではありますが、コアアイデアは3人の開発者で考えられました。
ーーAbleton Live(以下、Live)と比較されることが多いと思いますが、LiveにはないBitwig独自の機能を教えてください。
プラシダス:複雑なプログラムは1本の大きな木のようなもので、何か新しいアイデアがあったとしても、いきなりそこに太い枝を生やすことはできません。必ずそれらが育つためのルーツ(根)やトランク(幹)が必要です。
Bitwigは2010年代の最新のテクノロジーを用いて、どのようにサウンドをクリエイトするかという根幹から、新たな木を立てているというところが最も大きな違いです。
ーー最新のテクノロジーで作られていることで、現代のOSやテクノロジーに適合しやすく、柔軟性が高いということですね。
プラシダス:その通りです。Bitwigはレガシーコードにひきずられないということです。開発当初の一年間は、サウンドデバイスを構築するためのモジュールの開発に専念しました。例えば、Polysynthというサウンドデバイスは、たくさんのモジュールを組み合わせて構築されており、その他のサウンドデバイスも同様です。これは、その他のDAWにはない全く新しい考え方で作られています。
またBitwigでは、プロジェクトとオーディオエンジン、そしてプラグインのそれぞれを管理する3つのプログラムが別々に動いているので、もしもプロジェクト上のどれか一つのプラグインがクラッシュしたとしても、プロジェクト自体がクラッシュすることはありません。これはライブパフォーマンスにおいて、高い優位性を持ちます。
このような構造により、同時に複数のプロジェクトを立ち上げることもでき、プロジェクト間のコピー&ペーストも可能です。
モジュラーをも融合させる驚異の機能ネスティング
ーー今日はBitwigと共にモジュラーシンセサイザーも用意されていますが、この組み合わせにより、何かすごいことが起こるのでしょうか(笑)?
ファルコ:今回はモジュラーを使用するミュージシャン向けの機能を用意してきたので、その辺りを紹介したいと思います。まずはモジュラーとの組み合わせにおいて最も肝となる「モジュラリティー」という考え方について、その一部である一つのデバイスの中にさらに別のデバイスを入れ子にして組み合わせていく、ネスティングという機能について説明したいと思います。
ネスティングは、シンセやエフェクターなどの各デバイスを直列に接続するのではなく、一つのサウンドデバイスとして保存することができます。ネスティングでは、Bitwigのデバイスだけではなく、サードパーティのプラグイン・ソフトウェアも組み込むこともできます。例えば、u-heのDivaにBitwigのモジュレーションを加えたりと、Bitwigのデバイスと同じように扱うことができます。
このソフトシンセのサウンドは好きなんだけど、行いたいコントロールやモジュレーションに対応していないんだよな、というような問題を解決してくれます。
ーーハードウェアに置き換えて考えると分かりやすいのかもしれませんね。ハードの場合、シンセサイザーとディレイなどの個別のエフェクターを並べて演奏したりしますが、ネスティングでは、シンセサイザー自体にそれらのエフェクターを組み込んで新たなシンセを作ってしまうという考え方ですね?
ファルコ:その通りです。このネスティングが、先日リリースされたVer 2.2で強化されました。ネスティングを理解いただいたようなので、モジュラーとの組み合わせに話を移しましょう。今日のセッティングでは、BitwigをインストールしたMacとモジュラーを、CV/Gateを搭載したオーディオインターフェイスを介して接続しています。
BitwigにはHW CV Outというデバイスが搭載されており、このデバイスを使用することで、接続したモジュラーをCV制御することができます。HW CV Outにもモジュレーション・コントロールに対応したモジュラーパネルが搭載されているので、モジュラーにBitwigのモジュレーションを加えることができます。
また、HW CV Instrumentというデバイスを使用すると、モジュラーからの信号をBitwigへインプットすることもできるので、モジュラーからBitwigデバイスにモジュレーションを加えることも可能です。Bitwigでは、DAWとモジュラーの垣根を越えた制作環境を構築することができるのです。
ーーBitwigとモジュラーのお気に入りの機能を融合させて、新たなモジュールを作ることができるのですね。
ファルコ:このような環境では、Bitwigデバイスとモジュラーを別トラックで立ち上げて制作またはパフォーマンスするのが当たり前ですが、ネスティングにより、双方を一つのモジュールとして使用できるのです。
ーーやっとネスティングの凄さを理解できました(笑)。
ファルコ:MIDI CCというデバイスでは、任意のMIDI CCをアサインできるので、バーチャルなMIDIコントローラを構築することもできます。これにネスティングやモジュレーションパネルを使用することで、先ほどお見せしたBitwigとモジュラーのような環境を構築することも可能です。
トレンドを見据えた独自の進化
ーーネスティングは、これまでのDAWにはない斬新な機能だと思いますが、どのような発想から生まれたのでしょうか?
プラシダス:信号が右から左に流れていくという基本的な考え方だけでは、あまりにも制限が多すぎます。信号がどのように戻って、どこへ行くかというような、組み合わせの自由度を実現するためにネスティングは生まれました。
ここまでの組み合わせの自由度を提供してしまった以上、この組み合わせをトラックごとに保存するだけでは意味がありません。ネスティングは、ここからここまでを一つのデバイスだと考える、良い区切りの付け方でもあるのです。
ーーVer 2.2からBitwigとモジュラーの親和性が強化されたとのことですが、このようなアップデートはユーザーからの強い要望があったからなのでしょうか?
プラシダス:とにかくマーケットからの強い要望がありました。現在はモジュラーとの親和性を強化していますが、マーケットから異なる要望があれば、そちらに耳を傾けて新たな開発に注力していきます。
ーー今後、間違いなくDAWとハードウェアの親和性を求める声は高まると思うので、今回ご説明いただいて、とても魅力的なソフトだと感じました。
プラシダス:私たちの拠点がベルリンということもありますが、モジュラーへ移行しているミュージシャンは多いと思います。単にモジュラーを触って変わったサウンドを出すという時代は過ぎていて、DAWとどのように融合させていくかという段階に入っていると思います。
ーーモジュラーに関しては、日本よりも需要が高いようですね。
プラシダス:ヨーロッパの市場でもモジュラーがメインというわけではありませんが、そこから求められる機能を詰め込むことで、それをきっかけにBitwigが広まっていくのではないかとも考えています。
10年前は多数のコントロール機能を搭載したMIDIコントローラなど、なんでもできる製品への需要が高かったのですが、現在はより専門的な凄くニッチところを突いた製品の方が受け入れられます。
ーー私もそう思います。Bitwigは今後も、そのようなニッチな需要を突き詰めた開発を進めていかれるのですか?
私たちは、すでに太い幹を立てました。だから好きな方向に行けるのです。
ーー今後も斬新なアイデアに期待しています。今日はありがとうございました。
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