駆け出しレーベルオーナーによるアナログレコードプレス奮闘記〜後編

レコードを作りたいけど何をどうすればいいのか?そんな疑問に答えるべく、実際に自分がレコードを作った時に何をしたのかを、駆け出しレーベルオーナーの視点で紹介するコラムの後編。今回はテストプレスが届いてから実際にレコードにプレスされて店頭に並ぶまでを紹介します。是非参考にしてください。

緊張のテストプレス

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音源の入稿から8週間程して、テストプレスが自宅に送られてきました。テストプレスは基本的には製品と同じ盤なので、この段階で音質やノイズ・針飛びなど仕上がりのチェックをします。

今回のテストプレスは同じレコードが5枚送られてきました。5枚あるのは気前が良いのでは無く「5枚とも全部チェックしてね。ノイズや針飛びが5枚とも全部同じ箇所で発生したらマザー盤が不良/1枚だけだったら個体差」だそうです。このテストプレスでのチェックが本番のプレスに進むかどうかの分かれ目。不具合を見逃さないようターンテーブルや針はきちんと調整し、入稿したマスターのファイルと比較できるよう環境を整えます。最初に針を落とす時はどんな音が出てくるのか期待と緊張が入り混じる瞬間で、これはCDや配信のリリースでは味わえないスリルです。

今回はテストプレスを聞いた瞬間、音量は小さく高域は思いっきり落ちてて売り物としては厳しいクオリティー。これはえらく凹みました…。テストプレスすると少し費用がかかりますが、こういうケースもあるのでした方が良いです。

プレス工場と交渉

そこで、プレス工場に「音量小さいからもっと上げてテストプレスをやり直して欲しい」とメールしたところ、普段1-2行の短い文しか書かない営業から20行くらいの長い返事が送ってきました。「テストプレスやり直してもいいけど、これ以上音量上げると針は飛ぶし音は歪む。テストプレスに使うメタルパーツも2回で摩耗するので、次のテストプレスがダメだったら最初からやり直しになるよ。」最初からやり直しだと追加で$835かかります。

ここは覚悟を決めて音量突っ込んで再テストプレスしてもらうよう説得しました。再テストプレスだけでも2ヶ月かかり、それもダメならいつ出せるかわかりません。ちなみにCDで入稿するとカッティングの時に音変わることがあるから、ファイルで入稿するのが一番確実だよーと教えてくれました。webと違う…笑

ラッカー盤
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しばらく経ってプレス工場の営業から「試しにテストプレスの基になるラッカー盤送るから、それ聞いて再テストプレスに進むか判断して」とメールが来ました。意外と親切です。

ラッカー盤とは大量生産用のマザー盤だのスタンパー盤のもとになる盤で、テストプレスが大体これと同じ音になります。今回このラッカー盤を初めて見ました。見た目は普通のレコードと同じものの、盤は重く硬くていい音出そうです。

これで音がダメだと最初からプレスやり直し+$835になるので、藁にもすがる思いで再生してみたところ、「やれば出来るじゃん」と上から目線になるほど良いサウンド。ラッカー盤の材質の影響もありそうですが、これなら問題ないので再テストプレスに進んで貰うよう依頼します。暗闇の先に光が見えたような気分でした。

再テストプレス

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また8週間くらいたって再テストプレス盤が送られてきました。今度はラッカー盤聞いているのでまだ気は楽ですが、やっぱり緊張しながら5枚全部チェック。ラッカー盤と大きな差は無かったので本番のプレスを依頼します。
自分でレーベルやっているのであれば、このタイミングで発売日を決めたりリリースのアナウンスをしましょう。テストプレスの前にしてしまうと僕のようにNGになった場合、発売延期のアナウンスする羽目になります…

プレス終了〜輸入

今度は早くなって6週間くらいでプレス工場から「プレス終わったから日通USAの倉庫に送ったよ」と連絡が来ました。こういう連絡は突然来るものなので、レコードの発売日を事前に決めるのは難しいのです。そのため昔のDJ達は、海外から新譜が入荷する月曜に開店前からレコード屋に並んでいました。

日通USAにコンタクトを取ったら、日本に輸入するため必要を僕が作らないと日本に輸入できないとのこと。もちろん英語で作成しますがその際パスポートも必要といわれ、期限切れていたので取りに行きました。ここでも地味に時間と金がかかる…

無事パスポートや書類が揃ったら2-3日で自宅にレコード到着。輸入の送料や費用は、代引きの形で商品受け取り時に支払いします。プレス工場の営業に、届いたよとメールしたらexcellent!と喜んでくれました。いい人ですね。

無事来日

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レコードが家に届いたら家族の手を借りて特典のダウンロードコードとステッカーを1枚1枚封入。ダウンロードはbandcampのシステムを利用してデータを提供しています。MP3/WAV/ALACなど自分の好きなフォーマットを選んでダウンロードできてコストも大してかかりません。発売延期になったお詫びにアートワークを使ったステッカーもつけ、レコードを流通のウルトラヴァイブに納品して世の中へと旅立っていきました。

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アナログレコードは、このように時間とお金をかけてたくさんの人の手を経て世に出てきています。音楽だけ聞ければよいのなら配信の方がはるかに低コストで効率良いですが、音楽はどうもそれだけでは面白くなく、手間暇かけて作られたものの方が色々なストーリーが刻まれていて面白くなると思います。世間一般からみればニッチな世界ですが、その分人の繋がりが濃く、レコード屋を始め皆さん親切に接してくれたのが印象的でした。この”Higher State of Mind”、お陰さまでレーベルの在庫は残り少なくなってきています。気になる方はお早めにチェック!

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さて、2回にわたり長々と書いてきましたが、いかがだったでしょうか。正直ここに書かれたことは昔ながらのやり方なので、コストや納期に関しては改善の余地があります。ただ、こうして大変な思いをすることで、普段自分たちが何気なく接しているレコードも実は1枚1枚こうやって産まれているんだと思うと感慨深いものがあります。また、このリリースをきっかけに新たな出会いもあり、音楽が人と人を繋げていることを実感できて貴重な経験になりました。

最後にpsymaticsレーベルは、”electronic music label for live artists”というコンセプトで、クラブ等でライブをやっているアーティスト達の作品をリリースしていきます。
デモも募集していますので、info@psymatics.netまでお送り下さい!

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