みなさんは”ボカロ”や”初音ミク”と聴いて、どんな印象をお持ちでしょうか?
だいぶとんがった音楽を聴いていると自負する自身にとって、一部の層で絶大な人気を誇る初音ミクなどを使用したボカロ曲と言われるジャンルに対して偏見を持っていた部分は否めません。
しかし、とある日に知ったボカロ曲は、自身のしょうもない先入観を一掃するには十分過ぎるインパクトを持っていました。ボカロとクラブミュージックを融合させたそのトラックは、ボカロPと言われるボカロ曲のプロデューサーにもこんなアーティストがいるんだと、気付かせてくれました。
そのアーティストが、先日公開したドキュメンタリービデオに出演しているATOLSさんです。このビデオはATOLSさんのスタジオでの制作とその他の日常をリアルに捉えており、ビデオの中で制作しているトラックのミュージックビデオも作成しました。
このミュージックビデオはドキュメンタリービデオの撮影と編集を担当した映画監督の小川和也氏が手掛けており、異なる感性を持つ2つの才能が程よく融合した素晴らしい作品に仕上がっています。
そしてこの2つのビデオではお伝えできないATOLSさんとボカロ・シーンについて掘り下げたこちらのインタビューで、ATOLSさんについてコンプリートして頂きます!
みんながJポップを聴いてる頃にテクノ
ーービデオでは公園のシーンもありましたが、普段はどんな生活を過ごされているんですか?
朝起きて公園で散歩するか、あるいはそのままパソコンに向かって作業する。で1日が終わると言う感じですね(笑)。
あとは映画見たくなった時は近くの映画館に見に行きますね。
ーー映画お好きなんですね。その他に興味があるものはありますか?
美術館へ行ったり、本を読んだり、アートでも最近はインスタレーション作品にはまっています。
ーー創作の刺激を得るために行くんですか?
そうですね。あと絶叫マシーン。近くだと後楽園に行ったりしますね。
ーー友達と一緒にですか?
1人で、朝一ジェットコースターですね。
ーー脳みそスカっとする感じなんですか?
そうですね。それもたぶんインスタレーションって言うか体験型だと思うんですけど、G(重力)を極端に浴びることによって目を覚ますって言う(笑)。
ーーどんなジャンルやアーティストに影響を受けましたか?
90年代のテクノシーンに影響を受けていると思います。いわゆるIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)ですね。
ーーいつ頃からそのような音楽を聴いていたんですか?
小学6年生くらいですね。みんながJポップとかビジュアル系など聴いてる頃です。
ーー1人でそう言うの聴いてたんですか?
友達に聴かせたら以外と友達もはまっていって、その後友達から平沢進とか教えてもらいましたね。ただテクノの曲って8分とかあるじゃないですか。「これサビどこ?」って言われたりしてましたね(笑)。
ーーその歳でテクノってかなり異端だと思うんですけど、そこに触れるきっかけって何だったんですか?
95年に公開されたMEMORIESって言う大友克洋さんの短編3話のオムニバス作品があったんですけど、そのエンディングの曲が石野卓球さんなんですけど、そこからですね。
音楽の前に映像に興味があったので、小学校4年生の頃から映像作ってて、当時アニメのエンディングにあれって斬新でしたよね。
ーー映像から音に惹かれて行ったんですね。
そうですね。Ken Ishiiさんのアルバムを買った時、そのライナーノーツにサンプラーとミキサーだけで作ったみたいに書いてあって、サンプラーの意味も最初分からなかったんですけど、その1台の機械ともう1個なんか買えばこの音楽が作れるのかと思ったんですよ。
当時ベッドルームミュージックって言うのが流行ってたじゃないですか。結構斬新だったんですよね。寝床に機械があってそれだけで音楽を完結させられるって言う。
ーー早熟ですね。
R&S Recordsってレーベルありますよね。その頃にGROOVEって言う雑誌でR&Sデモテープ・コンテストってあったんですよ。テープの録り方もCDの焼き方も分からなかったんで、ビデオテープに録って送ったんですよ(笑)。
ーー音楽を作り始めた頃って、どんな機材を使っていたんですか?
TASCAMの4トラックのカセットテープのMTRと、音はおもちゃのキーボードで、ライン接続もできなくてそれをマイクで録ってたんですよ。
あとはビデオの編集機買ってマイクつないで効果音とか口でやったりとか。パンチする時は口で「ボッボッ、プシュプシュプシュ」みたいな。
ーーその辺からヒューマンビートボックスへ流れていくんですか?
ヒューマンビートボックスは、たぶん元The RootsのRahzelが起源で、最初Rahzelを聴いた時はすごいとは思ったんですけど、マネしようとは思わなかったんですよ。マネできないと言うか完結されてるものだと思ったんですよ。
その後アポロシアター2000で優勝したMC Squaredって言うビートボクサーがいたんですけど、その人は白人でDnBとかR&Bとかのビートをやってて、こう言うのもありなんだって言うのが分かって、自分の音楽をビートボックスで表現していいんだって思ったんですよ。
ヒューマンビートボックスは、自己表現の一環として機材を使わず肉体から放つ最小単位のビートミュージックとしてとても魅力的でした。バトルフィールドと言うよりどちらかと言うとアート表現として魅かれた感じですね。
初音ミクの色彩は国旗にするとミク色
ーーその流れの中で、どのようにボカロと出会ったのですか?
ボカロは、友達にプレゼントでもらったんですよ。その以前にLEONとかLOLAなどのボーカロイド製品が発売されていて、その2つに関しては欲しいと思ったんですよね。
結局買わなかったんですけど、それぐらいから音声合成ソフトで歌わせるって言うことに対してかなり興味を持ったんですよね。
ーーボカロってどんなジャンルがあるんですか?
ロック寄りのアプローチが多いですね。ボカロックとも言われます。バラード、EDM、狂気を感じる曲、ネタ物、他にも説明できないようなサウンドも沢山あって、より多様化しているように感じます。
ーーそんな中でATOLSさんはどこにカテゴライズされるんですか?
アウトサイダーですね(笑)。なんか、感性の反乱βとか言うジャンルに定義づけられたりとか、あとは電子ドラッグとか、みんな付けたいような呼び名を勝手に付けて、タグに貼っちゃってる感じですよね。
ーーボカロ曲のファンにはどのような人が多いんですか?
基本女性が多いかもしれません。10代、20代が多いです。あるいは同世代や年上の方も。イベントによっては男子寄りになりますね。時々海外の方も遊びに来てくれますね。
ーーボカロにはいろんな種類がありますが、その製品を使用する決め手ってどこにあるんですか?
僕の場合、ミク自体が出た時は、「自分の製作する音楽に合わないのでは?」と考えていました。
その後、2010年に「初音ミク」の拡張データベース”初音ミク・アペンド”に収録されていた音色”DARK”を聞いて、これなら自分の世界観で鳴らしても違和感が無いと感じ本格的に製作するようになりました。
好きなボカロPとか、ヒットした曲とか、有名ボカロPさんが使ってるからその音源を買おう、みたいなのは結構あるんじゃないかなと思います。
ーーその中で初音ミクが圧倒的に人気だと思うんですが、初音ミクが指示される理由はどこにあるんでしょうか?
それに関しては友達と1日くらい話したことがあるんですよ。まずシルエットだけですぐ分かるって言う、ミクってツインテールじゃないですか。
それと、初音ミクの色彩を単純に国旗みたいに色分けするとミク色なんですよね。その色のバランスって言うのが子供が見ても引き付けられる色なんですね。旗だけにしてもミクだけ突出して分かるって言うのはあるかもしれないですね。
なにより、ボーカロイド+アイドルの先駆者ですからね。当時は存在自体が新しく、とても大きな話題でしたね。あとは、やはりニコニコ動画の影響がとても大きいと思います。
ーーATOLSさんが使用されているボカロ・ソフトはどれですか?
初音ミク V3とIAですね。どちらかと言うと、ビョークとかトム・ヨークみたいな歌い方をボカロでできないかなって試行錯誤していた記憶があります。
ビョークとかトム・ヨークがボカロ出さないかなって思いますね(笑)。
ボカロが苦手な人の気持ちもすごく分かる
ーーボカロとリアルなボーカルの違いって何だと思いますか?
友達のボカロPさんとそれについて話したことがあったんですよ。
意外とボカロの方がしっくりくる曲ってあるんですよ。早口だったり、変拍子だったりっていうのは逆にボカロの方がしっくりきて、バラード系って言うのはやっぱり生の方がいいかなと思います。
よりテクノに近いって言うとボカロになっちゃうと思うんですよ。ただ最近は、生のボーカルにも全編ピッチ補正やエフェクト処理が増えてきたので、だいぶボーダレスな時代になったと感じます。
ーーボカロ作品は、作詞、作曲、映像から成り立っていますが、この要素の中でどれが重要なのでしょうか?
最初、映像のアイデアから出す場合もありますし、あるいは音の雰囲気から出る場合とか、1年前から頭の中でループしてるメロディから作る場合もあります。
あと構造的なアイデアからの場合もありますし、毎回違うかもしれません。
ーー1番どこで苦戦しますか?
歌詞ですね。歌詞は相方に相談したりとか。本や映画や過去の記憶から掘り下げる時もあります。
ーーATOLSさんは、なぜボカロを使用されるんですか?
今となってはDubstepってあたりまえですけど、2000年代の頃って、例えば学生がベースミュージックを聴く機会ってまずなかったと思うんですよ。何とかしなくちゃって言うのはあったんですね。
国内でインストアルバムとかリリースしても反応や感想などはとても薄いんです。ベースミュージックをどう広めたら一番いいかなと思った時に、ボカロとか歌を乗せつつ、ドープな所はドープにするって言う。
僕もDubstepって言う名前を知らなかったんですけど、そっから検索してベースミュージックを聴き始めましたって言う人が結構多いんですよ。だからそこら辺の架け橋になれたらうれしいなと思います。
ーー私自身はATOLSさんがそう言う存在になれると思っています。逆にクラブ側の人にもっと聴いて欲しいって言うのはありますね。
ボカロが苦手な人の気持ちもすごい分かるんですよね。あと抽象的なサウンドやクラブサウンドが苦手な人の気持ちも分かるんですよね。双方の魅力や良さを引き出しつつ、最終的にどの地平でも鳴っていないような独創性や問い掛けを残せたらと。
ジャンルを融合させるのではなく、結果的にユーモアを大切に不思議な化学反応を提供したいですね。
ーー音楽制作の知識はどの様に学んだのですか?
ほとんど独学ですね。インターネットで検索したり本を読んだり。
ーーATOLSさんから見た現代のクラブミュージックの印象っていかがですか?
世界的に見たら拡大していると思います。ただ日本に関しては法律上の問題とか音楽性の問題とか文化の違いによってダンスする文化って根付いてないので、どちらかと言うとちっちゃいとは思いますけど、クオリティは高いと思うんですね。
そう言ったイベントって夜にやるイメージがあるじゃないですか。でもアンビエントだけ昼間にずっと流してるイベントとかもどんどん増えて欲しいし。あと子供連れとかでも遊べるような野外イベントとか、そう言うのが増えたらいいなと思います。
ーー自分の立ち位置として、どこにいると思いますか?
どうでしょうね。どこでもない感じですかね。いろんな人と関わるのがすごい楽しいんですよね。自分ってどこなんだろうって考えるとどこか分からないですね。
結局映像も作りたいわけじゃないですか。映像の人とも話したりとか、あるいは建築みたいなものとか、3Dプリンターを操る人とかとも話しますけど、全部好きだけど、距離を置きつつ見てる感じですかね。
そこにどっぷりはまっちゃうとって思っちゃうんですよね。それってすごい幸せなことだと思うんですけど、その分野一筋で頑張って行こうってなると、運営とかするだけでたぶんいっぱいいっぱいになっちゃうと思うんですよ。
そうなると映像とかボカロ文化と触れ合う機会がなくなっちゃうかなと思って。好きな時に好きな所にいたいって言うのはありますね。
ハードウェア機材は音に空気が通る感じ
ーービデオではRolandのFA-06を多用されていましたが、どのような機能を使用されていたのでしょうか?
まず音源に関してはEDMとかクラブミュージックに多用されているようなベースシンセとかアナログシンセのサウンドは結構使いましたね。
あとはD-Beamですね。D-Beamでサイドチェインとかコンプレッサーとかで作る微妙な揺らぎみたいなものをもっと意図的に有機的に作りましたね。
アルペジエーターとコードも使っています。コードを遅らせて発音させたりとか。それとサンプラーですね。サンプラーはメモ帳代わりに、手軽に録音できるんですよ。
ーーFA-06のお気に入りのポイントってありますか?
とにかく1つ1つの音のクオリティも良いし、量もたくさんあるし、SFXとか効果音も入ってるので、アイデアが浮かんだらそれをFA-06のシーケンスで書き込むような感じで重ねたりしますね。
あとはインターフェイス機能もあるので、パソコンとやり取りするのも楽ですし、ビデオでも使用しているD-Beamとかコード機能ですね。
ーーFA-06のシーケンサーで構成のイメージを作っていく感じなんですね。
そうですね。ドラムキットもたくさん入っているので、FA-06でシーケンスを組んだ後にDAWに送ります。
ーーFA-06はボカロ曲の制作にも向いているんですか?
そうですね。単純にコード機能とか演奏する機能とかに関しては、独特の発音の遅れ具合とか、そう言う表現もできますし、あるいはマイクを接続して有機的に音も録れますので、スピーカーから出た音をもう一回録って一緒に発音させたりとか。
とにかくアイデアを取り貯めておいて、すぐに曲が作れますね。あとは単純にMIDIキーボードとしても使えますし、DAWを立ち上げなくても音が出るじゃないですか。
例えばYouTubeなどで動画検索して「このメロディいいな」って思った時に、それに合わせてピアノを弾いて、「こう言う感じか」とか「このコードいいな」とか、そう言う使い方ができますね。ピアノの練習としても使ってますね。
ーー現在はパソコンを使用した制作が主流ですが、FA-06のようなハードウェア機器の魅力はどこにあると思いますか?
やっぱレーテンシーがないのが一番ですね。あとは、ツマミとか回してもちゃんと回してる感じするじゃないですか。エフェクトに関しても、掛っている感じとか。単純に弾いてて楽しいんですよね。
MIDIキーボードで鳴らしても違和感を感じますよね。その点ハードウェアはそう言うのは感じないですし、且つ空気が通ってる感じって言うんですか、パソコンに取り込む前に、アナログのケーブルやその様な機材を通すことで味が加わる感じがします。
重ね取りすると何か明確になって来たりしますよね。
ーーAbleton Liveはメイン・シーケンサーとして、最終的なトラックの構築に使用されているのですか?
FA-06で偶然発生した揺らぎとか、ちょっともたっちゃった感じとか。そういうのもレコーディングして、そのオーディオ波形をつなげるような。偶然できた面白い部分とかアイデアをつなぎあわせたり、統合してまとめる作業をLiveでやっています。
即興でセッションしたものをLiveで統合した感じですね。
ーー今回の楽曲でもテクニカルな要素が用いられていますが、実際にどのような機能を使用したのでしょうか?
まず今回の楽曲を作るにあたって、90年代から近年のエレクトロニックミュージックの手法を取り入れつつ、普通かな?と思っていたら最終的に見たこと無い地平へ変化するようなイメージが浮かんで、普段は普通に生活しているけど最終的にこの世自体が地獄だったみたいな感じにしたくて。
エレクトロニカとかで使われているピッチを極端に上げたり下げたりする処理とか、タイムストレッチでも、その粒の量をLiveで操作できるので、その粒の量を操作してノイズを作ったりとか、あるいはインサートエフェクトのリバーブの残響音にサイドチェインを掛けて歪ませたりしました。
EDMみたいなバキバキな音じゃなくて、ちょっとアナログなノイズが入ってる丸い感じの音にしましたね。
ーートラックでは結構エフェクトって使いますか?
高域と低域のカットには必ずフィルターを通しますね。トラックごとにフィルターを掛けますね。Maschinedrumもインタビューで同じこと言ってましたね。
テープっぽいって言うんですか。ちょっと奥で鳴ってる感じとかを出す時にも使います。
ーーLiveを使用する理由って何ですか?
他のDAWも素晴らしいんですけど、ストレスがなかったって言うことですかね。それと柔らかい感じがしたんですよね。あとはタイムストレッチが自分の好きな音だったって言うのもありますね。
ーーATOLSさんは音楽以外にも映像や絵であったりと、多くのものに興味を持っている中で音楽を仕事にされていますが、ATOLSさんにとって音楽とはどのような存在なのでしょうか?
そうですねぇ、音楽は僕の癖ですね。毎日当り前のようにやって来たことで、一番最小限のことでありながら一番深く感情を揺さぶるもの。表現方法としては一番ストレートなものですね。
ATOLSさんと直接お会いした中で、そのピュアさが最も印象に残ります。ATOLSと言うフィルターを通して、良いと感じたものを自然に取り入れ、それについて深く掘り下げる姿勢こそが、あのようなトラックを生み出しているのだと感じました。
初めてATOLSさんのトラックを聴いた時に感じたプラスチック感や繊細さは、ATOLSさんそのものなのだと言うことを実感しました。
以前取上げた”ダンス・ミュージックの進化が一目で分かるインフォグラフィックス”と言う記事を作成した時に、クラブミュージックにおいて日本から発生したジャンルがないことに気付きました。
もしかすると近い将来、日本のアニメカルチャーと西洋のクラブカルチャーが融合したATOLSさんのようなトラックが、日本発のクラブミュージックとして、あのインフォグラフィックに刻まれるかもしれません。
関連ページ:
ATOLS ニコニコ動画チャンネル
初音ミク 製品ページ
Ableton Live 9 製品ページ
Roland FA-06 製品ページ
Photo : Kazuya Ogawa