レーザー加工によるレコードの新製法「HDヴァイナル」で変わること

アナログならではの問題を抱えるレコード産業

レコード需要の高まりにより、世界中のプレス工場の生産ラインはフル稼働状態が続いています。CDの衰退に反して盛り上がりを見せるレコードにメジャー・レーベルが群がり、その結果、少ない予算で運営するインディーズ・レーベルのリリースが遅れてしまうという弊害も起きています。

このような状況は、レコードの需要に対するプレス工場の数が少ないことと、レコードの製造に必要な機器が作られていない(最近では幾つかのメーカーによりプレス機が発表されています)ために、プレス工場が新たな機器を導入できず、製造枚数を増やすことができないことが要因として挙げられます。

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そして、レコードの作業工程は、すべてアナログ。特に、レコードのカッティングは、曲の長さと等倍の作業時間となり、作業を短縮することはできません。(レコード製造の作業工程などについては、東洋化成のカッティング・エンジニアさんへのインタビューで詳しく説明しているので、そちらもチェックしてみてください。)

音質の向上と製造時間を短縮する新たな技術「HDヴァイナル」

このような状況を緩和してくれそうな新たな技術が、オーストリアのRebeat Digital社により特許申請され、注目を集めています。このHDヴァイナル(ハイ・ディフィニション・ヴァイナル)といわれる技術は、レーザー加工と3Dトポグラフィカル・マッピング(波形図)を用いたもので、現在のレコードに比べて収録時間や周波数レンジが30%向上するだけでなく、製造に掛かる時間を大幅に短縮することができるそうです。

Rebeat Digital社CEOのGuenter Loiblが、HDヴァイナルについて語ったコメントが、海外メディアDegital Music Newsに掲載されています。

この技術はレコードのリバイバルを妨げている最も大きな問題を解決します。ほとんどのレコードは、1960年代の古い技術を使用しているため製造に時間が掛かり、環境にも良くありません。レコードの製造には基本的に2つの方法があります。

  1. ラッカー盤にカッティングマシンで音を刻み、化学物質で幾重にもメッキを施す方法
  2. DMM(ダイレクト・トゥ・メタル)製法。音を銅版に直接手作業で刻む方法(この製法も多くの化学物質が使われる)

これに対してHDヴァイナルは、物理的な製作プロセスよりも、コンピューター上で3Dの波形モデルを完成させることに時間を要します。溝の距離を調整し、波形のエラーを修正し、周波数を最適化するのです。全く別のアプローチで、波形図を”マスター化する”と言えるでしょう。

3Dの波形モデルを完成させた後、高エネルギー・パルス・フェムト・レーザーでスタンパーに直接サウンドを焼き付けます。溝の距離や深さの調整は自動的に行われ、また90度のアングルで焼くことで歪みを防ぎます。これによりスタンパー関連のコストは50%削減され、1枚のレコードを作るのに要する時間は60%も短縮できる見込みです。

Rebeat Digital社によると、HDヴァイナルは今後3年以内に実用化される見込みで、アメリカを始め各国で特許を申請する予定とのこと。世界各国で特許を取得した後、初期段階での融資を募る予定です。

HDヴァイナルがもたらすレコードの未来

レーザー加工を用いたレコードといえば、以前に紹介した木製レコードトルティーヤ・レコード、最近ではイギリスの電子音楽家マシュー・ハーバートがDJセットで使用した野菜や加工食品を用いたレコードなど、特殊な素材にサウンドを焼き付けるために使用されるケースが多く見受けられました。

出典:Vimeo

素材が素材だけに、音質は参考になりませんが、あらゆる素材にサウンドを焼き付けられるレーザーなら、次世代のカッティングマシンに成りうるのではと考えていましたが、それを実現したのがHDヴァイナルです。現在のレコードよりも周波数レンジが広いとされるHDヴァイナルで製造されたレコードは、ジャズやクラシックなどの音質にこだわるリスナーが多いジャンルでは、特に人気を集めそうですね。名盤といわれるレコードが、HDヴァイナル盤としてリリースされるのも容易に想像できます。

HDヴァイナルで製造されたレコードの外観は一般的なレコードと同様で、現在使用されているレコード・プレイヤーで再生させることができますが、それらのプレイヤーは現行のレコードに最適化されており、HDヴァイナルで製造されたレコードのポテンシャルをフルに発揮することはできません。これはカートリッジも然りで、HDヴァイナルが実用化された際には、HDヴァイナル対応のプレイヤーやカートリッジもリリースされるはずです。

SteenJepsen / Pixabay
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周波数レンジの広さやボリュームの向上など、レコード好きには気になるフレーズが並びますが、音の良し悪しは数値ではわかりません。むしろ周波数レンジが狭い方が良い音に聴こえるかもしれません。HDヴァイナルの実用化により、現行の製造方法で作られたレコードとHDヴァイナルで作られたレコードの音質論争が、どのように展開されるのか、今から気になるところです。

音質の良し悪しは人それぞれの好みによるものなので、ある種曖昧なものですが、HDヴァイナルの実用化により大きく変わることは、レコードの製造時間の短縮と製造コストの削減です。HDヴァイナルの実用化が、インディーズ・レーベルが抱える現状の問題を解決してくれることを強く願います。

引用元:Degital Music News