ビートの構成を人間の欲求階層と結びつけてDam-Funkのドラム・フレーズを分析してみる

Ableton Liveを使って、モダン・ファンクの第一人者「Dam Funk」のトラックメイクを学んでいく企画の第3回目。前回は機材的な観点でDam-Funkのドラムサウンドを探求したので、今回はドラムのフレーズをみていきましょう。

人間の欲求階層を基にビートを検討してみる

リズムを扱うにあたって一つ難しい問題があります。それはリズムに関する統一的な理論が存在していないということです。各論者が個別の提案を行っているものの、和声理論のように広くコンセンサスを得ているものはありません。かといって完全な主観だけを用いて分析していくのは、あまり意味があるとはいえません。そこで今回は苦肉の策ではありますが、リズムの諸要素を「マズローの欲求階層」と関連付けることで検討、整理をしていきたいと思います。

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出典:Wikimedia

「マズローの欲求階層」とは簡単にいえば、人間が満たすべき諸要素には階層があり、その基礎部に近い欲求が満たされてはじめて上部の欲求が発生する、という理論です。例えば階層の一番ベースにある「栄養や睡眠」といった「生存のための諸要素」が満たされてはじめて、「安全で健康な生活」への欲求が生まれ、それが満たされてはじめてさらに上位の「社会的欲求」、つまり「友人や家族といった関係性」が必要とされる、と彼は提唱しました。

現代ではこのマズローの理論は科学的精度は認められていないものの、人間の欲求を整理するためには依然として説得的な概念のように思われます。今回はこの「マズローの欲求階層」を参考に、ビートの諸要素をその欲求を基準に階層化していきます。結果として、どこでキックを入れるべきなのか、入れないべきなのか、どこでスネアを入れるべきなのか、入れないべきなのか、そういった問題に一つの提案を行います。

ビートへの欲求階層

下図は私が考える「ブラック・ミュージックにおけるドラム諸要素の階層」で、最下部には「キックの4つ打ち」が、最上部には「オンリーワンのビート」が配置されています。つまりビートはまず「4つ打ちの欲求」を満たすべきであり、欲求が満たされるにつれて上へスライドしていき、最終的には「オンリーワンのビート」へと到達します。少し大げさですが…

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ここでいう「オンリーワンのビート」というのは「一聴して誰のビートなのか理解され、さらに人を惹きつけるがゆえに模倣され、広く浸透しはじめるビート」だと定義することにしましょう。例えばJ Dillaのもたったビートは誰が聴いても彼のものだと判別することができ、その魅力ゆえ模倣され、現在ではヒップホップの基礎をなすビートの一つといっていい状態にまでなっていますが、こういったビートが階層の最上部「オンリーワンのビート」です。

もっと時代を遡れば、James Brownの後にFunkと呼ばれるビートや、Elvin JonesがJohn Coltraneと共に開拓した3を基盤にしたリズム、Tony AllenがFela Kutiと共に発展させたアフロビート等々、ある特定のビートが普遍的なビートへと昇華した例は多くはないものの、このような流れこそが「ビート全体の」歴史を形作っているといえます。

しかしこういった「オンリーワンのビート」も「基本的にはベースとなる要求」を満たしているはずです。どんなビートも基本的にはある種の欲求を満たしているはずです。では順を追って見ていくことにしましょう。

ビート欲求の根幹は「4つ打ち」にあり

まずはDam-Funkのビートを確認してから4つ打ちに話を進めましょう。このDam-Funkのビートは4つ打ちではありません。つまりビート欲求階層の最下部を満たしていません。しかし、道筋を階層をおって見ていくことで、なぜこのビートが成立しているのか、一つの考察をすることができるはずです。

では改めてビート欲求階層の最下部、4つ打ちを考察していきましょう。ブラック・ミュージックというと「シンコペーション」つまり拍を「ズラす」リズムが注目されますが、実はファンクもジャズもブルースも、最初期には4つ打ちが使われていて、全ての拍をきっちりと示すというのがのベースにあります。実は「圧倒的な各拍の認識」を共有しているからこそ「ズラシ」が発生するのであって、ブラック・ミュージックの根底にあるのはあくまで「明確な4拍」なのです。

ジェームス・ブラウンもこの点をメンバーに強調しており、特に「一拍目」を絶対に演奏するように指示しました。一見ポリリズムやシンコペーションが特徴のように思われるファンクのコアは「一拍目」なのです。

またブラック・ミュージックのドラマーは、全く演奏していない時でも正確にビートをカウントしています。そしてその正確なビートを全メンバーが共有しています。そのため、一旦演奏を止めた後、空白が続いても、何のカウントもなしに全員が決めフレーズを演奏します。とにかく頭のなかでメトロノームのように正確なクリックが流れている、それがブラック・ミュージックのビート感なのです。

キックの次はスネア・クラップです。現代ではスネア・クラップは2/4拍に配置されるのが多いのですが、伝統的にはキックと同じく全拍を強調されるために使われることが一般的でした。例えばこんなフレーズをソウルで聞いたことがないでしょうか?

次の例もスネア・クラップが4つ打ちですが、キックが少し変形しています。これら2つの例のように全拍をスネア・クラップで埋めるのは、歴史的には非常に原始的でビートの欲求にのっとった手法だといえます。

さて、キックとスネア・クラップの組み合わせがもたらしたビートのうち、一般的に見られるのは下記音源のような、4つ打ちキックと、2/4拍のスネア・クラップでのコンビネーションでしょう。基本的にはほとんどのブラック・ミュージックのビートは、このパターンの変形だといえます。今回のDam-Funkの例も、この基本ビートが前提として聞こえています。「鳴っていなくても」このビートが聞こえているといっていいでしょう。だからこそ「はずす」ことができるのです。

ここまでくるとかなりDam-Funkの例に近いサウンドを聴き取ることができるのではないでしょうか。ここでおきているのは、前提として聴こえている4つ打ちキックの「はずし」です。全てのキックが完全に聴こえている、もしくはリスナーと共有されているからこそ、キックを「はずす」ことでできる、もっといえば「はずしたくなる」のです。

新たなビートを生むコンテクストの共有と逸脱

結局のところ音楽を含む芸術に正解はありません。あるのはただ「正統」と「正統からの逸脱」なのだと私は思います。例えばファッションの例を出すのであれば、クラシックなジャケットにスニーカーを合わせることができるのは、あくまでジャケットの伝統があり、ジャケットの伝統からの「スニーカー」による「逸脱」が「新しいコンテクスト」を作り出し、同時にそれがある一定の人数によって「共有されうる」からこそなのではないでしょうか。

つまり我々はある種の根源的な欲求、もしくは基礎的なコンテクストを共有し、示し、外すことによって、芸術のコントラストを生成するのです。それをビートについて考えたのが今回の欲求階層ということになります。

さて、4つ打ち2/4スネア・クラップからキックを外したビートという非常に強いコンテクストが共有された今、そこからの変形も簡単に許容されます。むしろここからは外せていれば外せているほど「クール」だといっていいでしょう。上記の例では、今までのビートになかった「細かい音=1/16 note」が登場し、スリリングさを提供しています。ここでは全く1拍の目に音がないにもかかわらず、我々には明確な「ワン」が聴こえるはずです。

つまりビートの欲求階層の最下部は、実際には4つ打ちがなっていないとしても、機能しているのです。こういったことが音楽においては頻出します。それ故に、科学的な分析が非常に難しいのだと私は思います。

最後にタムを足してみました。このタムは4拍から目を逸らす役割を果たします。強いコンテクストから逸脱をさせようとします。

最後にDam-Funkの例を聴き直してみましょう。ここまでくると「ビートの欲求階層図」が説得的に見えてこないでしょうか?少なくとも今回のDam-Funkの例に関しては納得いただけることを願います。

さて今回は「マズローの欲求階層」を援用し、ビートを分析してきました。ビートが基礎的欲求を満たしつつ、外しが起きていて、そのコンテクストがリスナーから共有された時、このビートは「第四段階=承認」へと到達します。さらにこのビートが既存のビートとは異なった何かを強烈に提供するとき「オンリーワンかつ普遍的ビート」へと昇華し「新たな名前を冠した音楽」を生み出すこととなるわけです。

Dam-Funkのビートも基本的にはこの原則に則り、ブラック・ミュージックの伝統の上に彼のオリジナリティが発揮されていると捉えることができるでしょう。我々もこの原則にのっとって自分のビートにチャレンジしていくことができるのではないでしょうか。最終的には自分の名前を冠したビートを創りだしてみたいものです。

さて、今回でビートが一段落したので、次回はDam-Funkの「ハーモニー」を扱います。ジャズ、ファンク、フュージョンから強い影響を受けた彼の洗練されたハーモニーに迫ります。ご期待ください。

最後に宣伝ですが、ビートに興味のある方に拙著『RHYTHM AND FINGER DRUMMING』をご紹介させてください。本稿を合わせて読んでいただくことで、ビートメイクのための基礎知識を得ることでができます。

ではまた!

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